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3/12 2021

新種ゴキブリ発見への道のり 〜アカボシルリゴキブリとウスオビルリゴキブリ〜

ゴキブリの新種、発見

ゴキブリは日本で最も嫌われている昆虫だと思います。スーパーや薬局に行くと殺虫剤コーナーがあり、そこにはさまざまな生きものに対する忌避剤やトラップが置かれています。私は初めて行くお店の殺虫剤コーナーを確認する習性があるのですが、確認したほとんどの場所で最も多いのがゴキブリに対する用品です。ゴキブリは害虫としてあまりに有名なため、そのイメージばかりが非常に強く、ゴキブリという生きもの自体が多くの人にとって恐ろしい存在となっているのでしょう。
しかし、実際は民家に出没するゴキブリは全体の種類からするととても少なく、ごく一部です。ほとんどのゴキブリは野外でひっそりと生活をしており、落ち葉を食べたり朽木を食べたり、生態系において非常に重要な分解者の役割を担っています。一部の種のイメージが強いため全体的に嫌われてしまっていますが、私たち人間にとっても大切な生態系のメンバーであり、実は知ってみると面白い、そんな生きものなのです。
2020年11月、私を含む研究チームが日本で35年ぶりにゴキブリの新種を2種発見し、発表しました。

新種ゴキブリ2種(左:アカボシルリゴキブリ、右:ウスオビルリゴキブリ)

この記事では新種のゴキブリ2種の紹介をしながら、発見の道のりを振り返ります。

新種のゴキブリ

新種として論文に記載したのはルリゴキブリというとても美しいゴキブリの仲間です。今まで日本で唯一知られていたルリゴキブリEucorydia yasumatsuiと比較し、新種として発表しました。
この2種は森のなかでひっそりと暮らしているゴキブリで、多くの方が想像する「家の中を走り回る黒いアイツ」とは見た目も生態もちょっと違います。

アカボシルリゴキブリ生体

2種のうちの1種、アカボシルリゴキブリEucorydia tokaraensisは宇治群島家島、トカラ列島悪石島、奄美群島奄美大島、徳之島に生息していて、翅(はね)に赤い3つの模様があるのが特徴です。

ウスオビルリゴキブリ生体

もう1種のウスオビルリゴキブリEucorydia donanensisは八重山列島与那国島にのみ生息しています。翅に滲んだような赤い帯状紋があり、腹部背面が紫色をしているのが特徴です。

ルリゴキブリの分布

どちらの種も詳しい生態は不明ですが、幼虫時は立ち枯れや樹にできた洞のなかで腐植質(枯れた植物などが微生物の働きにより分解されてできる物質)などを食べているようです。オス成虫は日中に林縁部を飛翔する姿や、葉状に静止している個体が目撃されています。

新種との出会い

今回の研究のきっかけとなったのは、当園(竜洋昆虫自然観察公園)の北野館長と2人で行った与那国島での昆虫採集でした。昆虫館で飼育するナナフシやバッタ、ゴキブリなど採集が目的です。元々与那国島には赤い帯を持ったルリゴキブリがいることは知っていたので、「運よく出会えないかなぁ」なんて思いながら日本最西端の島、与那国島に向かいました。
 

ウスオビルリゴキブリの生息する島、与那国島。ヨナグニウマは与那国町の天然記念物に指定されている

ルリゴキブリの仲間はそもそも採集することが難しく、行けば必ず出会えるというものではありません。与那国島での採集も難航しました。しかし、採集を開始してから3日目、苦戦の末にルリゴキブリの仲間2匹を採集することができました。得られたのは幼虫だったため、成虫の姿を確認するべく生かしたまま持ち帰り、飼育を行いました。すでに石垣島や西表島に生息するルリゴキブリは飼育していたので、成虫になったら見比べてみようと思っていたのです。
ある日、いつも通りにエサの交換をしていると、キラキラした宝石のような虫が土の中に逃げ込むのを見つけました。慌てて掘り返してみると、メスが羽化して成虫になっているではありませんか。このとき、雷に打たれたような衝撃を受けました。今まで知られていたルリゴキブリのメスとは色や大きさが全く違ったのです。「これはきっと新種に違いない!」そう思いました。
その後少しして、当園で開催されていたゴキブリ展に法政大学の島野智之教授がやって来ました。中を案内しているときに、与那国島で採集したルリゴキブリの話をしたところ、後ほど連絡があり、一緒に新種として論文に記載をしないかと誘ってもらいました。
ここから、新種ルリゴキブリの記載に向けての研究が動きはじめました。

記載って大変

論文を書くにあたって、私が一番苦労したのは英語です。記載論文は海外の人でも読めるように、世界共通語の英語で書くことが好まれます。今回も英語で論文を書いたのですが、私は中学の頃から英語が赤点で、ちょっとした文章すら書けませんでした。共著者の先生方に何度も何度も内容、英語、表記方法を教えてもらいながら直していき、どうにか発表にこぎつけることができました。英語、しっかり勉強しておけばよかったなぁとしみじみと思いました。
困難は英語だけに留まりません。1cmほどのルリゴキブリを解剖して交尾器を観察する作業も大変でした。今まで標本は作っていたものの、それを解剖して顕微鏡で観察、比較するという作業はあまり行ったことがなかったため、慣れるまでかなりの時間がかかりました。なにせ分解するとそれぞれ1mmほどの交尾器を、慎重に取り出し観察するのです。かなり細かい作業で、しかも壊れやすいため慎重に行なわなくてはいけません。最初は何度も失敗して交尾器を紛失してしまったり、壊してしまったりしました。しかし、何度もくり返すことで正確に解剖ができ、今まで知らなかった交尾器の構造を把握することもできるようになりました。今では日本酒を飲みながらでもしっかり解剖できます。

名前を付ける

新種の名前を考える。この時ほど楽しい時間はありません。今回は研究チームでの発表なので、みんなで相談して付けました。和名のアカボシルリゴキブリとウスオビルリゴキブリはそれぞれ翅にある模様からとり、学名は生息地からとりました。ウスオビルリゴキブリの学名、Eucorydia donanensisは生息地の与那国島を与那国方言で表す「どなん」から名付けています。「しずまゴキブリにすればよかったのに」と言われることもありますが、「さすがにそれは……」と答えています。
名前を決め、特徴や生息地、近似種との比較などを丁寧に書いたら、いよいよジャーナルに投稿です。何度か査読者や編集者とやり取りし、論文が受理されたときは天にも昇るようなうれしさでした。文にすると短いですが、これがなかなか大変で、共著者の先生方がいなければ乗り越えられなかったと思います。約2年半かけてさまざまな困難を越え、ようやく新種のゴキブリとして発表することが叶いました。

嫌われているからこそ魅力的

今回の論文発表はYahoo!のトップニュースになったり、多数の地方紙で掲載されたり、TVで紹介されたりと、私たち著者の想像を上回るほど注目を集めました。お祝いの言葉もたくさんいただき、著者の一人としてこんなにうれしいことはありませんでした。これだけ注目されたのは「ゴキブリだからこそ」だったのでしょう。ゴキブリは日本で最も嫌われている昆虫、しかしその一方で、みんなどこかで気になっている存在なのだと思います。
 
ゴキブリの話をしていてよく聞かれるのが、「ゴキブリのどこが好きなんですか?」という質問です。私はこれに対して「ゴキブリは嫌われているからこそ魅力的なんです」と返すようにしています。ただの天邪鬼というわけではなく、これには理由があります。
昆虫館という施設で働いていて、私が最も大変に感じることは「生きものに興味のない人・生きものが嫌いな人に対して、その魅力を伝える機会を作ること」です。
生きものについて興味がある人は自発的に昆虫館に来てくれますし、話も熱心に聞いてくれます。しかし、生きものに興味のない人、嫌いな人は昆虫館にわざわざ来ませんし、そうなるとお話をさせてもらう機会がありません。昆虫館の使命の一つは、より多くの方に昆虫の魅力を知ってもらい、その先にある自然環境に目を向けてもらうことだと思っています。
どうやって伝える機会を作るか、話をする機会を作るかという課題は何度もぶつかる大きな壁です。
私はその突破口の一つがゴキブリなのだと考えています。ゴキブリは多くの方がもともと「嫌い、気持ち悪い」といった気持ちやイメージをもっています。それゆえの疑問や気になることがあり、ゴキブリの話は生きものに興味のない人、いきものが嫌いな人でも興味深く聞いてくれます。
嫌われているという「長所」を活かして魅力を伝える機会を作り出し、自然に目を向けてもらうきっかけとなる。これはゴキブリにしかできないことなのだと私は思っています。
だからこそ私にとって「ゴキブリは嫌われているからこそ魅力的」なのです。

実際に新種を見てみよう

竜洋昆虫自然観察公園では昆虫の魅力を伝える方法の一つとして,特別展などの開催も行ないます。生体の展示をはじめ,さまざまな工夫をこらして昆虫の魅力を発信していますが,現在(2021年3月)は『THE・ゴキブリ展 ~ときめきの、その先へ~』を開催しています。
この展示では新種の2種も展示しているので,その美しさを実際に見ることができます。企画展が終わっても、新種は特別展示として公開を続けます。

『THE・ゴキブリ展 ~ときめきの、その先へ~』のポスター。 描かれているカラフルな昆虫はすべてゴキブリ

新種ゴキブリ2種特別展示ポスター

会場では「GKB48総選挙」というゴキブリの人気投票も開催しています。推しゴキブリに投票しましょう

今後も新しい発見があれば,展示を通して多くの人に魅力を伝えていきたいと思っています。

今後の研究

日本にはまだまだ僕たちの知らないゴキブリたちがどこかで暮らしていると思います。分類の研究を続けつつ、今後はゴキブリの生態についての研究も行なっていきたいと思っています。これから出会えるかもしれない新発見のことを考えると、わくわくが止まりません。楽しみながら、さらに深いゴキブリの世界に進んでいけたらと思います。
 
 
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Author Profile

柳澤静磨

東京都八王子市出身。幼少期から生き物が好きだったが、ゴキブリとフナムシは大の苦手だった。しかし2017年に行った石垣島での昆虫採集でゴキブリの魅力にハマり、現在は竜洋昆虫自然観察公園でゴキブリストを名乗り、展示や講演会などを通してゴキブリの魅力・昆虫の面白さを伝えている。

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