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Running Story

9/30 2020

出没! 都市と野生動物

第2回:シカたちの逆襲

シカとシカに下草を食べつくされた林床(写真:前迫ゆり氏提供)

野生動物の出没と人間のかかわりを考える連載「出没! 都市と野生動物」。東京都での生物調査や保全活動に取り組む川上洋一さんが、都市とシカの関係を解説します。
 
ここ数年、里山の動物たちが人間の生活圏にも現れたというニュースをよく目にします。イノシシやシカが大都市近郊の住宅地に出没し、東京都心ですら白昼にアライグマやハクビシンが現れて、警察による大捕物劇が報道されることも珍しくありません。何か動物たちに異変が起こっているのでしょうか。なぜ動物が里山から都市にやってくるのか、種類別に考えてみたいと思います。

森だけでなく、都市にもシカの被害が?

第2回目のテーマとして取り上げるのは、ここ数年で話題になることが非常に多くなったシカです。彼らによる森林への食害は以前から深刻で、植林された苗木はもちろん、樹皮まで剥いで食べてしまうため、2018年には全国で4200haもが被害を受けています。シカの多い森林では、彼らの背が届く範囲の葉が食い尽くされた「ディア・ライン」が形成されていることも少なくありません。

ディアライン

また、シカの好物でない植物だけが食べ残されて草原の景観が一変し、一面に咲いていた花が電気柵に守られてようやく残っている例もあるほどです。

シカの嫌うヤマドリゼンマイと外来種のオオハンゴンソウばかりが残る霧ヶ峰高原

しかし、これは山間地の問題だけではありません。すでに東京都西部の緑豊かな住宅地ですら、シカが進出しつつある最前線になっている認識が必要となってきました。

東京でもシカによる被害が起こっている

東京都心から西に30kmほどの中核都市・立川市から、多摩川に沿って川遊びや山歩きの行楽地に向かうJR東日本の青梅線。ここでは事故で列車が遅れることが少なくありませんが、その原因がシカとの衝突であることは日常茶飯事です。2020年7月には、市街地に近い都道に飛び出してきたシカがオートバイと衝突、ライダーが亡くなりました。
 
こうした直接的被害だけではありません。シカやイノシシに寄生するヤマビルやマダニが人間の生活圏まで持ち込まれ、人から吸血したり死に至る深刻な病気を媒介する例も増えています。2020年6月には、神奈川県・丹沢山地への登山口になっている駅前で、50匹ほどのヤマビルが見つかって大騒ぎになりました。シカが増えている丹沢山地より下山してきた登山者のグループが、付着されていることに駅前で気づき、その場に払い落としたまま立ち去ったのではないかと考えられています。すぐに発見されて駆除されましたが、運が悪ければ一般の乗降客への被害も拡がりかねなかったでしょう。すでに人間ですら寄生生物の運び手になっているのです。
 
こうした深刻な事態に、広く市民に呼びかけて、シカについての情報収集に力を入れる自治体も増えてきました。

あきる野市のビラ

昔はそんなにいなかった?

もっとも、シカは昔からこれほど人間の生活圏の近くまでやってきていたわけではありません。むしろ1970年代頃には東京都や神奈川県ではわずかな数しか確認できず、保護の必要性が叫ばれていたほどです。1980年に発行された第2回 自然環境保全基礎調査からの分布データによっても、都内で確認されるのは西のはずれの奥多摩山地のごく一部のみ。
 
同じ報告書にあげられた東京のシカの年代別絶滅情報は、明治時代に11ヶ所、大正時代に6ヶ所、戦前の昭和時代に8ヶ所、昭和20年代に5ヶ所と推移し、昭和50年代以降は0となっています。すでに絶滅が確認できるほど身近にはいなくなっていることを表しています。明治維新によって東京周辺の都市化や農地開発が急激に進み、猟銃の性能も良くなったことで、シカの生息地は台地や丘陵地から山岳地帯へと追われていったのでしょう。

環境庁メッシュ図1980(赤線:県境 黄色:絶滅が確認された地域)

頻繁に利用される里山は、シカにとって居づらい場所だった

さらにシカと人間を互いに近づけないための環境があったことが考えられます。台地や丘陵地に点在する農家の周辺に雑木林や草原、農耕地といった環境がモザイクのように配置されていた「里山」です。ここは多くの生物たちの生息地ともなり「人間と自然が共生してきた理想的環境」と、近年では高く評価されてきました。
 
ところが最近の植生景観史などによる研究によると、実際の里山は人間による過度の収奪によって、荒廃していた例が少なくなかったようです。短いサイクルで伐採や刈り取りが繰り返されたため、植生は痩せた土地に生えるアカマツ林やススキ草原が広い面積を占め、雑木林もひょろひょろした背の低い段階までしか成長できませんでした。ササ藪ですらカゴ細工の材料用として一部に残されていただけ。落ち葉も肥料のためにほとんど掻き取られていました。

昭和初期の東京都西部の里山

当然こうした環境は見通しが良く、シカのような大型の野生動物が隠れられる場所はわずかしかありません。地表は乾燥し、草むらも茂っていなかったおかげで、ヤマビルやダニが棲みつく余裕もなかったでしょう。
 
もちろんシカやイノシシは江戸時代から農作物を荒らす害獣と考えられていました。本来なら刀や鉄砲などの武器の所持を禁じられていた当時の農民も、駆除のために鉄砲貸し出し許可を再三求めていたことが、古文書からも明らかです。国分寺村(現在の東京都国分寺市)のように、江戸時代を通じて約90頭のシカと約60頭のイノシシを駆除していた地域もあるほど。
 
ちなみにこうした害獣の天敵であるニホンオオカミを祀っていた神社への信仰は強く、今でも埼玉から神奈川県にかけての農家や田畑でお札を見かけることが珍しくありません。このように、かつての里山は人間とシカが共生できるような場では無かったのです。

御岳神社のお札

森林が豊かになり、シカに有利に 〜人間の里山利用の変化〜

しかし里山という緩衝地帯を挟んで、シカと人間が棲み分けていたのは今世紀の初めくらいまでのこと。「森林飽和」という言葉が生まれるほど日本の森林が豊かになり、さらに狩猟者の高齢化などもあって、山地のシカは増加を続けました。これは森林に対する鹿の食害が、年々増加していることからも明らかです。
 
さらに山地に続く丘陵地の森林の変化も、シカにとって有利に働いたと言えるでしょう。関東から西日本にかけての雑木林とは、もともとシイ・カシといった冬でも葉を落とさない照葉樹の森でした。それが炭や薪を得るための伐採が繰り返されることによって、クヌギやコナラなどの落葉広葉樹林に保たれていたのです。
 
しかし高度経済成長期を境に、石油を中心とするエネルギー革命が起き、炭や薪が使われることはほとんどなくなりました。そのため雑木林は放置され、もともとあった照葉樹林に戻ろうとする植生の遷移が急速に進んでいます。

照葉樹林化する雑木林

シカはもともと照葉樹林の林縁付近にすんで付近の草地で餌を取る習性の動物。里山の放置によって人間との緩衝地帯が消え、さらに住宅開発が丘陵地まで及んできたことで、シカと人間の生活圏は直接対峙するようになってしまったのです。

シカとのトラブルを防ぐにはどうすればいい?

シカと人間のトラブルや、植物の食害による生物多様性を防ぐためには、まずは両者の間に緩衝地帯を設ける必要があるでしょう。もちろんかつてのように農民の厳しい労働によって成立していた里山を再現するのは現実的ではありません。電気柵のような新たな技術を使った対策がとられるべきでしょう。しかしかつての里山ほどではないとはいえ、こうした緩衝地帯の施設を維持しメンテナンスするには、膨大な手間と予算がかかることは明らかです。

作物や在来の植生を守るための電気柵

さらに根本的な問題として、シカの個体数自体を調整する必要があるのは言うまでもありません。当然こちらも、専門家の養成も含めたシステムづくりに、かなりの出費と労力が必要です。

都市に現れるシカは「かわいそう」なのか

そしてもう一つ、シカ問題の解決のためには重要なポイントがあります。それは野生動物にどのように接していくかという市民の意識づくりです。
 
2020年5月から6月にかけて、東京都23区東部を流れる荒川の河川敷に野生のシカが現れ、メディアで大きく取り上げられたことは記憶に新しいところです。報道が過熱するにつれて「かわいそう」「保護するべき」「早く山に返してあげたい」という一般市民の声が大きく広がり、行政にまで要望の電話が集中しはじめた挙句、結局は動物園が引き取ることで騒ぎは治まりました。
 
ここで明らかになったのは、シカに対するメディアや一般市民の意識が、あまりに現実とかけ離れていることです。シカは「人間に奪われて山に棲みかがなくなったために、はるばる都会まで追われてきたかわいそうな存在」ではありません。森林が急速に回復してきたことを足がかりに、生息環境を著しく伸ばしており、すでにその距離は川沿いなどの緑地を伝い夜間に移動すれば、容易に住宅街まで到達できるほど。こうした事実についての冷静な報道が、十分にあったかは疑問です。見た目の可愛さとは裏腹に、交通事故で死者まで出ていることからも明らかなように、人間に危害を及ぼす恐れも十分に予想されます。
 
今後も次々に現れてくるであろうシカやイノシシのような大型の野生動物について、メディアも一般市民も感情的になることなく、どう対処していくかという原則を冷静に考えて合意形成していくべきではないでしょうか。

Author Profile

川上 洋一

東京都新宿出身。生物多様性デザイナー&ライター。トウキョウサンショウウオ研究会事務局。東京都西部の里山での生物調査・保全活動に取り組むとともに、江戸から東京への自然環境や生物相の変化について、著述やテレビ番組、講演などで紹介。「工房うむき」として生物をモチーフにした陶器や手ぬぐいをデザイン。著書に「東京いきもの散歩~江戸から受け継ぐ自然を探しに~」(早川書房)など多数。 

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