Vol.1<身近なクモの巣を探してみよう>
春が来て暖かくなってきました。いよいよ生き物達が活動し始める季節の到来です。
さまざまな生き物を観察するのにうってつけの時期ですが、今回私は「クモの巣」ウォッチングをおすすめしたいと思います。
クモはご存じの通り、自ら糸を出して巣を作ることが知られていますが、そのクモの巣の種類にはさまざまなものがあって、実に奥深いものです。そんな知られざるクモの巣の世界を、リレー連載でご紹介します。
そもそも「クモ」についてご存じない方も多いと思います。
クモは正式には「クモ目(もく)」と呼ばれる仲間で、大きな括りとしてクモガタ綱(こう)というグループに属しています。このクモガタ綱にはクモ目以外に、サソリ目やダニ目、ザトウムシ目などが含まれています。クモは全世界に4万9000種もの種がおり、日本では1700種ほどが知られています。クモはお尻の先にある糸疣(いといぼ)からタンパク質でできた糸を出すという特徴をもち、その糸を巧みに操ることができます。このクモの糸にはさまざまな性質をもつものがあり、クモのグループによって使える糸の種類の数が違います※。
クモは糸を使って巣を作ります。巣は基本的に住居としての役割を果たしますが、一方で獲物を捕まえるという「罠」の役割を兼ね備えるものがあります。この住居と罠を兼ねたものを、私たちクモ研究者は「網(あみ)」と呼んでいますが、ややこしいので、ここでは網もひっくるめて「クモの巣」と呼びたいと思います。
クモといえば、「クモの巣を使って獲物を捕らえる」と考える人が多いと思いますが、実はすべてのクモが巣を作って獲物を捕えるわけではありません。全部の種のおよそ半数が巣を作りますが、残りの半数のクモは餌を捕らえるための巣を作りません。代わりに、地面や植物の上を歩いて獲物を探したりあるいは花の上で獲物を待ち伏せるなど、徘徊性の生活をしています。
クモの巣の形は多様だと述べましたが、どのような形のものがあるのでしょうか?ここでは代表的な4つのタイプの巣を紹介します。一つはトンネル(穴居)型、二つ目は円網、三つ目は立体網、最後は受信糸網です。
トンネル(穴居)型
トンネル型のクモの巣は、地中に穴を掘ってその内側を糸で補強したものです。この補強の度合いはクモの種類によって異なります。さらに、そこに扉をつけるものやつけないもの、あるいは斜面に掘られた横穴状のものや、平らな地面に掘られた縦穴状のものなど、その形はさまざまです。そうして、穴の入り口付近で待ち伏せて近くを通る虫や扉に触れた虫などを捕らえます。
主にハラフシグモ、トタテグモ、ジグモなど比較的原始的なクモの仲間がこのトンネル型の巣を作ります。
アマミキムラグモのトンネル型の住居。コケなどで装飾された扉があり、うまく背景に溶け込んでいます。クモは扉の近くを歩く昆虫などを捕らえます
扉を開くとトンネル型になっている
円網
次に紹介するのは円網です。多くの人は「クモの巣」といえばこの円網を連想するのではないでしょうか? 放射状に広がる縦糸とらせん状の横糸、そして全体のフレームとなる枠糸によって作られた巣です。縦糸と横糸は役割が違っていて、縦糸は網全体を支える骨組みの役割をしていて、ネバネバしません。一方横糸はネバネバしており、網にぶつかった獲物を捕まえる役割をもちます。クモはネバネバしない縦糸を器用に歩くので、クモ自身が網に捕えられることはほとんどありません。
ナガコガネグモの円網。網の骨組みとなる枠糸と縦糸、餌を捕まえるためのネバネバした横糸から構成されています。「クモの巣」というと多くの人は円網を思い浮かべるのではないでしょうか
このタイプの網を張るクモとして、コガネグモ科、アシナガグモ科、ウズグモ科などが挙げられます。グループによって網を垂直に張るものと水平に張るものがいます。例えば、コガネグモ科のクモの多くは垂直に網を張りますが、アシナガグモ科やウズグモ科のクモは水平に網を張るものが多いです。
立体網
立体網とはその名の通り、立体的な形をした巣です。主にサラグモ科、ヒメグモ科、タナグモ科のクモがこのタイプの網を張ります。基本的な作りは、不規則に糸が張り巡らされた部分と、お椀のようなシート部から成り、シートの有無や形状はクモのグループによって異なります。また、網の中に住まいを設ける種もいます。例えば、タナグモ科の仲間はトンネル状の住居を、ヒメグモ科の一部は枯れ葉でできた住居をもうけます。
二ホンヒメグモの立体網。不規則な糸が張り巡らされた部分とシート状の網、枯れ葉の住居から成ります。クモの種類やグループによってシートの有無や形、住居の有無などが違います
枯れ葉の住居
立体網の獲物を捕らえる仕組みは主に二つあります。一つは不規則な糸に迷い込んだ獲物やシート部に落ちた獲物をクモが襲って食べるという方式です。このタイプの巣は糸に粘着性がないので、触ってもベタベタしません。もう一つは粘着物質で獲物を捕らえるタイプの巣で、ヒメグモ科やユウレイグモ科の一部はネバネバする糸を使って獲物を捕らえます。例えば、オオヒメグモの作る網では地面に降ろした糸の一部に粘着物質がついており、そこに獲物が触れるとたちまち糸と地面の接している部分が外れ、獲物が宙吊りになるような仕組みになっています。
受信糸網(じゅしんしもう)
受信糸網とは住居から糸(受信糸)が延びているタイプのクモの巣です。獲物がその受信糸に触ることによって、クモはその存在を感知して住居から飛び出し、たちまち獲物を捕らえます。チリグモ科やエンマグモ科のクモなど様々なグループがこのタイプの網をつくります。
ヒラタグモの受信糸網
住居としての巣
ここまで罠と住居の機能を兼ねそなえたクモの巣を紹介しましたが、住居としての機能のみをもつクモの巣があります。徘徊性のクモの多くは獲物を捕まえるための巣は作りませんが、休息するために、葉っぱや壁面などの表面,地表の窪みなどに糸でつづった袋状・管状の住居を造ります。また、中には植物の葉を折って袋状の住居を作るものがいます。例えば、コマチグモ科のクモはススキなどのイネ科の植物を折り、そこに糸で補強した住居を作ります。
カバキコマチグモの住居。ススキなどのイネ科の植物を折り曲げて、休息用・産卵用の部屋を作ります。
カバキコマチグモ
水中生活を送るクモ
とてもユニークなクモの巣として、水中生活を行うミズグモ(ハグモ科)の水中ドームが挙げられます。水草の間に糸で膜を作り、そこに水面から空気を運んで空気室を作りクモはその中で過ごします。完全に一生を水の中で過ごすクモは、クモ界広しといえど、このミズグモただ一種のみです。
ミズグモが作る水中ドーム。欧州から日本にかけて広く分布しますが、日本では北海道を除いて限られた場所でしか見られません 写真:谷川明男
ミズグモ
さて、解説はこのくらいにして、早速クモを探してみましょう。クモはどこでも見られますので、今回は家の周りや市街地でも見られるクモを中心に紹介していきます。
オオヒメグモ(ヒメグモ科)
身近な環境で見られるクモのひとつで、手すりや建物や物置の隅、窓枠など人工物に立体的な網を張ります。網の地面に設置している部分には粘着物質がついていて、そこに虫が触れると、糸が外れて虫が吊り上げられる方式になっています。捕らえられる獲物としてはアリやダンゴムシなど地表を歩く節足動物が多いですが、まれにカエルなどクモより大きな動物も捕まります。すごいですねー。
オオヒメグモの立体網。地面に降ろした糸には粘着物質がついており、そこに獲物が触れると地面と糸の接点が外れ、獲物が宙吊りになるという仕掛けになっています。この仕掛けはガムフット構造と呼ばれています
イラスト: 鈴木佑弥
イエユウレイグモ(ユウレイグモ科)
とても細長い脚をもつ特徴的な体型のクモで、人が脅かすとゆらゆらと体を揺らします。「家」と名前についているとおり、建物の中や周り、物置の隙間など、人家の近くに多いクモです。一部がシート状になった立体的な網を張ります。日本だけでなく世界中に広く分布しています。
イエユウレイグモの立体網(不規則網)。天井や部屋の隅、家具のすき間などに不規則な網を張ります
ジグモ(ジグモ科)
このクモの巣は見覚えがある方も多いのではないでしょうか?人家の庭や神社の境内、校庭の花壇などに地面に埋まった細長い管状の巣を作ります。クモは普段は地中に潜んでいますが、ダンゴムシなどの虫がこの袋に触ると巣の内側から大きな上顎で噛みつき、巣の中に引きずり込みます。この巣の地上部をつまんでうまく引っ張ると、管状の巣をまるごと引き抜くことができ、クモ本体を捕まえることができます。
ジグモの巣。下部が半分以上地中に埋まった管状の住居を作ります。地上に出た巣に獲物が触れると、クモは袋ごと大きな上あごで獲物に咬みつきます
ジグモ
オニグモ(コガネグモ科)
クモを知らない人でもその名前は聞き覚えのある人もいるのではないでしょうか。都心部では最近あまり見られなくなりましたが、郊外では人家の付近でもよく見られます。夜行性で、暗くなると物陰から現れ巨大な円網を張ります。横糸の粘着性は非常に強く、セミなどの大型の昆虫を捕らえることもできます。昔の子供たちはこのオニグモの網を針金で作った枠にはめ、セミ採りに使っていたそうです。
オニグモの円網。頑丈な縦糸と強力な粘着力をもつ横糸からなる垂直円網を張ります。夜間に網を張りますが、昼間に網が残っていることもあります
オニグモ 写真:谷川明男
チリグモ・ヒラタグモ(チリグモ科)
お寺や人家の壁面に目を凝らすと、その隅にたくさんの白い袋状のものが見られます。これらはチリグモやヒラタグモの受信糸網である可能性が高いです。チリグモは2mm程度、ヒラタグモは10mmくらいの黒い斑紋をもつクモなので、サイズや体色の違いによっても見分けることができます。壁面に受信糸を張り巡らし、それに触れた小さな昆虫を捕らえています。クモの巣を観察してみるとアリなどがよく捕らえられています。
チリグモの受信糸網。古い建物の外壁、窓枠の継ぎ目など、ちょっとした窪みに天幕状の小さな巣を作ります。小さいクモで気づきにくいですが、探すと意外とどこにでも見られます
チリグモ 写真:谷川明男
コクサグモ(タナグモ科)
ツツジなどの生垣、庭木などに数多く見られます。シート状の部分とその上に不規則に張り巡らされた糸で構成された網を張ります。クモはシート部に設置されたトンネル型の住居に潜んでいます。不規則部にぶつかってシート部に落ちた昆虫をすばやい動きで捕らえます。
コクサグモの立体網(棚網)。不規則な網とシート部からなる立体網を張ります。庭園の植え込みや人家の生け垣によく見られます。雨などで水滴がついた網はさながらベールのようです
コクサグモ 写真:谷川明男
ジョロウグモ(コガネグモ科)
最後はサイズも大きくて体色も派手なジョロウグモを紹介します。比較的開発の進んだ都市部でも見ることができるクモです。多くの網を張るクモは夏頃に成体が見られますが、このクモは少し時期が遅く、秋に成熟します(※このクモは卵嚢で冬を越し5月ごろに幼体が分散するため、春先はまだ見られません)。また幼体は成体と模様が違って、色が地味ですので、幼体のころはその存在に気付く人は意外と少ないかもしれません。円網を張るクモですが、縦糸・横糸の本数が非常に多く、極めて目の細かい網を張ります。そのため、セミなどの大型の獲物だけではなく、コバエやアブラムシなど小さな昆虫も捕らえることができます。また、この円網の前後はバリアー網とよばれる粘着性のない網で覆われており、これは鳥やハチなどクモを狙う天敵から身を守る機能をもつと考えられています。
ジョロウグモの複雑な円網。縦糸・横糸の本数が多く、目が非常に細かい円網です。さらに網の前後にはネバネバしないバリアー網が設けられており、三層構造になっています。 イラスト:鈴木佑弥
クモの糸は細いので意外と形や構造はわかりにくいものです。そこで、クモの巣を観察するのに役立つ道具として霧吹きをおすすめします。下の写真のように、霧吹きで水を吹きかけると、糸に水滴がつき、その構造がはっきりとわかります。また、朝露がおりた日、霧が発生した日もクモの巣の姿が水滴でくっきりと浮かび上がるので、観察にはうってつけです。
霧吹きをかける前のクモの巣 写真:谷川明男
網に霧吹きで水を吹きかけると……なんということでしょう 写真:谷川明男
今回は家の周りの代表的なクモの網と観察法を紹介しましたが、いかがでしたか? 家の周りをちょっと散策するだけでもこれだけ多様なクモと巣を観察できます。
コロナ禍によってなかなか遠出の自然観察が難しいご時世となってしまいましたが、そんな状況下でも手軽に自然観察を楽しむことができるのが、クモの巣ウォッチングの大きな魅力といえるでしょう。
※ 糸を出す腺にはいくつも種類があり、多いものでは最大7種もの糸を使い分けます。進化的に新しいグループほど複数種の糸を使える傾向があり、一方、ハラフシグモ科などの原始的なクモでは一種類の糸しか使えません。
Author Profile
馬場友希
1979年福岡県生まれ。国立研究開発法人 農研機構・農業環境変動研究センター 上級研究員 博士(農学)日本蜘蛛学会誌編集長・日本蜘蛛学会評議員。クモの分類から行動・生態まで幅広く研究。 著書に『クモハンドブック』(共著)、『クモの奇妙な世界:その姿・行動・能力のすべて』(家の光協会)などがある。
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