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5/14 2021

クモの巣ウォッチングのすすめ

Vol.3<奇妙なクモの巣と狩りのしくみ>(最終回)

知られざるクモの巣の世界を、リレー形式で紹介する連載第3回。今回が最終回です。
クモは、巣の上でじっと動かずに餌を待つ忍耐強い生き物ですが、巣にエサがかかるや否やすばやく動き出し、巧みにエサを捕まえてしまいます。
また、エサがかかった瞬間に、「隠されていたワナ」が発動することもあります。このような狩りのわざやしくみを観察することも、クモの巣ウォッチングの楽しみ方の一つです。
そこで今回は、クモの巣がエサを捕まえるしくみの中でも、私が特に面白いと感じている3つの例についてご紹介したいと思います。
 
 

オナガグモの粘らない巣

 
 

オナガグモ(クモの巣ハンドブックより)

 
「里山や森林公園の林道沿いを散歩中、空中に浮かんだ松の葉が眼にとまり、指で触ってみるとたちまち脚が生えて動き出したー」、そんな経験はありませんか?
それこそが、今回はじめに紹介するオナガグモです。見た目からは想像もつかないかもしれませんが、オナガグモは、第1回で紹介されたニホンヒメグモやオオヒメグモなどが属するヒメグモ科の一員です。
ヒメグモ科は立体的な不規則網を張るものが多いのですが、オナガグモは「条網(すじあみ)」とよばれる、たった数本の粘らない糸を枝葉の間に張っています。

オナガグモと条網(クモの巣ハンドブックより)

 
クモの巣といえば、粘る糸を虫にくっつけて捕まえるというイメージが強いかと思います。コガネグモの円網やオオヒメグモの不規則網、ナゲナワグモのナゲナワ網がそれにあたります。
あるいは、クサグモやニホンヒメグモのように、網糸が粘らないかわりにシートのような目の細かい巣を張り、落ちてくる虫を受け止めるという方法をとるものもいます(第1回参照)。
しかし、オナガグモが張る条網は、粘りがないうえに、糸の本数も2~3本と、とても少ないのです。いったい、このような簡単な巣で何をつかまえるのでしょう。

オナガグモは何を食べる?

 
かつては、「オナガグモの張る糸はとても強く粘るので、飛んでいる虫を捕まえることができる」と信じられていました。
そこで、ある研究者がオナガグモの糸を実際に触ってみると、まったく粘らないのです。その研究者は、「ひょっとしたら夜になれば粘る糸を張るのでは」と思い、飼育を始めてみますが、一向に粘る糸を張るようすはありません。
しかも、ハエなどの虫を糸にかけても落ちてしまうため、餌を食べさせることもできずに困り果てます。そこで、苦し紛れに、部屋のなかで見つけたクモを糸に伝わせてみると、
なんとオナガグモはそのクモを捕まえたのです。実は、オナガグモは「粘らない糸」を伝ってきたクモを食べる、クモ食いのスペシャリストだったのです。
多くのクモは枝の間に張られた粘らない糸を「道糸」として利用し、空中を移動します。オナガグモはそれを逆手に取り、クモを捕まえるための「粘らないワナ」を空中にしかけているのです。
 

クモハンティングのための「隠し武器」

オナガグモの条網がクモを捕まえるしくみ。糸をクモが伝ってくると(左)、粘糸を素早く投げつけて捕獲する(右)(クモの巣ハンドブックより)

 
しかし、糸を伝ってくるクモは、牙や毒をもつ危険なエサ。狩りは一筋縄ではいきません。
そこでオナガグモは「隠し武器」をくり出します。クモが糸を伝ってくると、オナガグモは大きな粘球が並んだ糸(粘球糸)を後脚の間に張って、それをクモめがけて投げつけるのです。この糸にからめとられたクモはたちまち動きを封じられ、そのまま食べられてしまいます。
オナガグモの粘球糸に並ぶ粘球は、円網の横糸に使われている粘着物質と同じく、集合腺という糸腺で作られています。しかし、オナガグモを含むヒメグモ科では、集合腺で作られた粘着物質を吐き出す管がとても大きく発達しており、大きな粘球を紡ぎ出すことができるようになっています。

トラフカニグモの幼体に粘球糸を投げつけたオナガグモ(著者撮影)

オナガグモの食べたエサを調べてみると、カニグモやエビグモ、ハエトリグモなど、網を張らないクモが多いことがわかります。これらのクモは肉弾戦に長けているので、葉っぱや地面の上ではオナガグモに勝ち目はありませんが、空中に張られた糸の上ではオナガグモが有利に戦いを進めることができるのです。
松葉のように弱々しいオナガグモが、クモを狩るために静から動へ転じる瞬間は、一見の価値ありです。網が目立たず見つけにくいため「クモの巣ハンドブック」ではレア度が☆5段階中☆3ですが、決して数が少ないクモではありませんので、ぜひ探してみてください。
 

カラカラグモ科の多様な巣

次に紹介するのは、「カラカラグモ科」というクモの仲間です。このグループは体の大きさが1~3㎜程度と、とても小さいため、野外でその存在に気付くことは簡単ではありません。
しかし、クモの中でも特に奇妙な形の網を張ることで知られています。ここでは、代表種のカラカラグモナルコグモの2種について紹介したいと思います。
 

網を射出するクモ

カラカラグモ(クモの巣ハンドブックより)

山地の渓流沿いを散策する際、岩の間や湿った崖地、木の根本などに目を向けると、カラカラグモに出会えるかもしれません。
カラカラグモは体長が2㎜ほどの丸いクモで、お腹に白と黒の模様があります。このクモが張る巣は「傘状円網」とよばれ、一見するとコガネグモやオニグモの円網に似た形をしています。
しかし、網を横から見ると、まるでパラボラアンテナのように網がくぼんでいることがわかります。なぜこのような形になるのでしょうか?

カラカラグモの傘状円網(クモの巣ハンドブックより)

 
網をよく観察すると、クモがとまっている網の中央から、周囲の枝や岩にむかって、一本の糸が張られていることに気付きます。クモは、この糸を前脚でたぐることで、網を傘状にゆがませているのです。
そして、小さなハエなどの虫が網の近くまで飛んでくると、クモはすぐさま前脚でたぐっている糸を放します。すると、網は「スリングショット」のように射出され、飛んできたエサを糸でからめとるのです。エサの捕獲に失敗すると、クモは再び糸を前脚でたぐり、網を「リロード」します。
カラカラグモが網を射出するようすは、動物行動の映像データベースからご覧になれます。

カラカラグモのエサ捕獲行動(クモの巣ハンドブックより)

傘状円網の進化のふしぎ

いったいどのような理屈で、このような可動式の網が進化したのでしょうか?
カラカラグモの網を観察していた研究者は、網の中央にある「こしき」という構造に注目しました。
コガネグモやオニグモの網を観察すると、網中央の縦糸が集まる場所に、糸が密集した「こしき」という構造があり、これによって網糸をぴんと張っています。
一方、カラカラグモの網では、縦糸が一点で交わっており、こしきが無いうえに、縦糸が途中で束ねられています。カラカラグモの網が立体的に変形できるのは、網の中央から張られた一本の糸をたぐる行動に加えて、このような骨組みの形によるものでもあると考えられます。

コガネグモのこしき(左)とカラカラグモの網の中央(右)(著者原図)

さて、研究者たちがカラカラグモの網作りを注意深く観察したところ、網を張る途中の段階ではこしきが存在しますが、最終的にはクモによって壊されてしまうことがわかりました。
つまり、カラカラグモは途中まではコガネグモ科と同じ方法で網を作り、最後に「変更」を加えていたのです。
こうして、カラカラグモの網のルーツはコガネグモ科などが張る円網にある、という説が支持されたわけですが、それでもなお、このような網の進化が生じた理由は謎に包まれています。
そもそも、可動しない普通の円網で小さなハエを食べているクモはたくさんいるのです。何らかの条件のもとでは、可動する網のほうがエサを捕まえる効率が高くなるのでしょうか?
奇妙なクモの巣の進化は興味が尽きません。
 

水面で釣りをするクモ

もう一種、ナルコグモというクモを紹介します。このクモもカラカラグモ科のなかまですが、カラカラグモとは別のグループ(属)に分類されています。
ナルコグモも、カラカラグモと同様に湿った沢沿いなどで見つかりますが、このクモを探すにはちょっとしたコツが必要です。それは、渓流の水面近くを探すことです。

ナルコグモ(クモの巣ハンドブックより)

渓流に着いたら、水面近くを懐中電灯などで照らしてみましょう。細い糸が何本も並んでいるのが見えたら、それはきっとナルコグモの鳴子網です。
ナルコグモは、網の骨組みとなる粘らない糸を岩の間などに渡し、そこから何本もの粘る糸を水面に垂らします。この網の形が、音を立てて鳥を追いはらう道具「鳴子」に似ていることが、クモおよび網の名前の由来になっています。

ナルコグモの「鳴子網」(クモの巣ハンドブックより)

ナルコグモの網には、水面付近をただよう小さな虫がかかります。まず、エサが粘糸にくっつくと、クモは粘糸をたぐりよせます。すると、糸の末端は水面から離れ、エサは宙吊りになります。
第1回第2回で紹介されたオオヒメグモやトリノフンダマシの網と似た仕組みですね。また、粘糸にたくさんの虫がかかった場合は、「カーテンをたたむ」かのように粘糸をたばねることで、複数のエサをまとめて捕まえてしまいます。
海外の研究によれば、小さなハエだけでなく、水面を泳ぐアメンボの仲間を捕まえることもあるそうです。その狩りのようすは、たくさんの縄を垂らして魚を釣る「はえなわ漁」さながら。
ナルコグモの仲間の狩りのようすも、動物行動の映像データベースからご覧いただけます。
 

ナルコグモのエサ捕獲行動。水面に垂らした粘糸に虫がかかると(左)、糸をたぐり、エサを宙吊りにして捕まえる(右)(クモの巣ハンドブックより)

おわりに―動画撮影のススメ

今回は、「奇妙なクモの巣と狩りのしくみ」というテーマで、オナガグモ、カラカラグモ、ナルコグモの狩りの技術を紹介しました。
クモの巣の形は狩りのしくみと密接な関わりをもつことがおわかりいただけたかと思います。しかし、クモの糸はとても細いですし、クモ自身の動きも素早いので、狩りの瞬間に巣の上で何が起こっているのかを、肉眼のみでとらえるのは難しい場合もあります。
そんなときは、狩りのようすを動画に撮影してみましょう。動画として記録しておけば、後から繰り返し再生してクモや糸の動きを確認することができます。近年はスマホでも高画質な動画の撮影が可能ですし、マクロ撮影に優れたコンパクトデジタルカメラもあります。
この夏は、カメラを片手に、少しディープなクモの巣ウォッチングの世界に浸ってみてはいかがでしょうか。
 

クモの巣についてもっと知るなら

3回に渡って紹介したクモの巣の世界、いかがでしたか?
このリレー連載を通して、クモの巣をもっと知りたいと思ったら、クモの巣ハンドブックがおすすめ!

クモの巣ハンドブック

クモの巣の写真と、わかりやすいイラスト、クモの姿も網羅した1冊。
野外に持って行って楽しめる本です。ぜひ、この連載で紹介された種や、道端や公園で見つけた巣がどのクモのものなのか調べるのに役立ててください。
クモの巣だけではなく、クモ本体のことを知りたくなったら「クモハンドブック」もあわせてオススメです!
 
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Author Profile

鈴木佑弥

1996年、静岡県生まれ。筑波大学大学院環境科学専攻修了、鹿児島大学大学院連合農学研究科農水圏資源環境科学専攻所属。修士(環境科学)。クモ類の採餌生態の多様性に興味を持ち、食性や捕食行動、網構造などに関する研究を行っている。国内の多様なクモを紹介するブログ「細蟹屋」を運営。

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