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7/21 2021

アクアマリンふくしまの飼育員さんに聞いてみた!

Vol.3〜シーラカンス研究と調査〜

「生物の自然の姿を見せる」ことに力を注いでいる水族館、アクアマリンふくしまの飼育員さんに、担当する生物やその飼育について聞いてみる連載の第3回、今回はシーラカンス保全プロジェクトに携わる岩田さんにお話を伺います!

開館から続く研究

−− 岩田さんは開館以前からメンバーとのことですが、当時から、シーラカンスの研究にも力を入れる水族館にしようという方針だったのでしょうか
 
アクアマリンふくしまの安部館長は開館当時からの館長です。館長の開館の際の方針の一つとして、水族館は長期で取り組む研究プロジェクトをもつべきだというものがありました。研究プロジェクトを進めることで「研究する」という意識が通常の作業の中にも活かされ、他の研究にも取り組んでいけるというものです。
そして、そのテーマとして最もふさわしいものがシーラカンスでした。シーラカンスは「生きた化石」としてよく知られる魚ですが、その生態は謎に包まれています。

中生代白亜紀のシーラカンスの一種。マクロポーマ

 
−−岩田さんはなぜシーラカンスを調査しようと思ったのですか?興味をもったきっかけを教えて下さい。
 
イメージを壊してしまうかもしれませんが、シーラカンス保全プロジェクトの担当は館で決められたもので、自分から希望したものではありません。実際、最初のメンバーには僕は入っていませんでした。
開館後すぐにシーラカンスの企画展を行うことになり、この企画展の担当になったのがシーラカンスプロジェクトに関わるようになったきっかけです。それ以降ずっとプロジェクトのメンバーとなっています。
アクアマリンふくしまが開館したのは2000年です。インドネシアでシーラカンスが発見されたのは1997年で、『ネイチャー』という科学雑誌には2000年に報告され大きな話題になりました。ちょうどアクアマリンふくしまの開館直前にそんなニュースが飛び込んできて、「インドネシアであれば近いので調査などいろいろなことができるかもしれない」と職員同士で話をしていましたが、自分がその担当になるとはその時はまったく思っていませんでした。
僕はアクアマリンふくしまの前は東京のよみうりランドに当時あった水族館で働いていました。よみうりランド海水水族館は1967年に初めて日本に来たシーラカンスの標本を展示した水族館で、毎日、標本を展示している水槽のガラスを拭きながら不思議な生き物だと思っていました。
それが、アクアマリンふくしまに来てシーラカンスの調査を行うことになるとは、よほどシーラカンスとは縁があるのだと思います。

 
−−アクアマリンふくしまではどんな調査を行なっているのですか?
 
アクアマリンふくしまではシーラカンスの現地調査を行っていますが、多くはインドネシアで行っています。何を調べているかというと,水中ロボットカメラ(ROV)を使用したシーラカンスの生息地調査です。

調査で使用する水中カメラロボット、ROV本体。400mのケーブルでコントローラーと繫がっており、操作は船の上から行う

 
シーラカンスを調査するメンバーはプロジェクトチームとして5人の飼育員で組織されており、普段は別々の生き物を担当しています。現地での生態調査を軸にしていますが、水族館の中でもシーラカンスの展示解説を行ったり、シンポジウムを開催したりしています。そういった、調査の結果やシーラカンスの生態を水族館を訪れる人達に紹介するのも大事な仕事の一つです。
ほかにも、現地で調査活動をしていると時々シーラカンスが捕獲されたというニュースが入ることがあり、それらのシーラカンスの解剖や研究も行いました。
 

シーラカンスの解剖の様子

 
そうしたシーラカンスのうち、アフリカのシーラカンスを1個体、インドネシアのシーラカンスを1個体、アクアマリンふくしまで展示しています。2種類のシーラカンスを同時に見られるのは世界でもアクアマリンふくしまだけです。
 

アクアマリンふくしまで展示中のシーラカンス

インドネシアシーラカンス。インドネシア以外ではアクアマリンふくしまでしか展示されていない

 
−− そもそも、シーラカンスとはどんな魚なのでしょうか?
 
シーラカンスの祖先は4億年ほど前に地球上に現れたと考えられています。それから体の構造をほとんど変えることなく現在まで生き残ってきました。
現在の「魚」という生き物の中の多くが硬骨魚で,ほかにヌタウナギのような顎を持たない魚、サメやエイのような軟骨魚、そしてシーラカンスやハイギョのような肉鰭(にくき)類に分けられます。
 
 

オーストラリアハイギョ。現代に生き残る肉鰭類の一種

肉鰭類というのはヒレの根本に腕のような柄があり、骨や肉がついているために付けられた名前です。
両生類をはじめとする陸上の四足動物は肉鰭類から進化しました。太古には多くの肉鰭類がいましたが、ほとんどが絶滅してしまい、今ではシーラカンスが2種類、ハイギョが6種類しか残っていません。
 
大昔のシーラカンスは表層に暮らす生き物でした。しかし、現在のシーラカンスは水深150mから200mの深い海に生息しています。
現在のシーラカンスの祖先はいつの時代からか海の深いところに移動していったようです。多くのシーラカンスの仲間は化石として見つかっています。
約7000万年ほど前よりも新しい地層での化石が見つかっていないことから、恐竜が絶滅したころに同じように絶滅したと考えられていました。しかし、1938年に南アフリカで発見され、今でも生きているということがわかったのです。
現在、2種類のシーラカンスが知られており、1種類はアフリカの東岸域に、もう1種類はインドネシア海域に生息しています。

海外調査のあれこれ

 
−−海外での調査に多く出ているそうですが、海外の調査で楽しかったことや苦労したことはありましたか?
 
最初にシーラカンスの研究で海外に行ったのは2002年でした。場所は南アフリカです。
先述のシーラカンスをテーマにした企画展で、南アフリカの研究所からシーラカンスの胎子の標本などを借りたので、標本の返却のための訪問でした。
当時、南アフリカはそれまで続けていたアパルトヘイトという黒人差別政策が終わってからまだそれほど経っていないころで、治安があまりよくなく、昼間でも日本人が歩いていると人相の悪そうな人が後ろから付いてきてとても怖かったのを覚えています。
 
ほかの苦労というと、2005年からインドネシアで調査を行うため年に数回現地を訪れるようになりましたが、海外の研究者がインドネシアで調査を行う際には特別な許可を取らなくてはならず、その取得に苦労しました。取得にはとても時間がかかり、許可が取れても次は入国後の手続きに1週間くらいかかります
それから調査の準備を行うので、調査の際には1〜2か月ほどインドネシアに滞在していたものの、本当の調査自体は2週間ほどという具合です。
海外と日本では考え方や習慣が違い、いろいろと勉強になりました。
ただ、調査を通して出会った人達は皆とても親切にしてくれたので、楽しい思い出がたくさんあります。生活の面で特に苦労と思ったことはありませんが、どこに行っても水はボトルの水しか飲めず、日本のように水道が整備されているのはすごいことです。
打合せなどでいろいろな場所を尋ねると、その都度水のペットボトルを出してくれます。一日に何箇所も訪ねると最後にはペットボトルだらけになってしまいました。
 
楽しい思い出はやはり食事です。その土地の独特の食べ物をたくさん食べました。

調査中の船の上でのお昼ごはん。この日は唐揚げ弁当

インドネシアは中華料理とインド料理の影響を強く受けているので、食べ物の種類が豊富です。
僕は辛いものが好きなので、唐辛子料理が多いインドネシア料理は口に合いましたが、一緒に調査に行ったプロジェクトメンバーの中には辛いものが苦手な人もいて、苦労していました。調査中は一日海の上にいるので、ホテルなどでお弁当を作ってもらうのですが、いつも辛いものと辛くないものの両方を用意してもらっていました。
 
タンザニアの調査で印象深かったのは、ちょうどイスラム教の断食月にあたったことです。
調査に協力してもらったボートスタッフがイスラム教徒だったので、お付き合いしてお昼を食べずに調査して、とてもお腹がすきました。
そのうえ、調査が終わってから晩御飯を食べに行っても、どのレストランでも調理を頼んでから出てくるまでにいつも1時間以上かかるのです。
とってもお腹のすく調査でしたが、それはそれでいい思い出です。
 

インドネシアの協力者たちと(筆者:右から3番目)

シーラカンス研究の今後

−−シーラカンスの幼魚を発見したのも岩田さんたちの研究チームだったと聞きました。発見後、どうなったのでしょうか?
 
シーラカンスは卵ではなく子どもを生む胎生魚です。アフリカで捕獲されたシーラカンスはお腹の中から30cmの子どもが見つかっているので、かなり大きくなってから生まれてくるということがわかっています。
しかし、40cm以下のシーラカンスはアフリカでもインドネシアでもほとんど捕獲されることがないため、どこにすんでいるのかということもあまりわかっていませんでした。
そんなとき、2009年に行なったインドネシアでの調査の際、水深160m付近の岩場の隙間で、30cmほどの大きさのインドネシアシーラカンスを見つけました。
生きたシーラカンスの幼魚の発見は世界でこれが初めてです。見つかった幼魚はアフリカのものと比べるとヒレがとても大きく、インドネシアシーラカンスの幼魚は体の形が成魚とは少し違うのだということがわかりました。
残念ながら幼魚と遭遇したのはこの1回だけでシーラカンスが幼魚のときにどのように暮らしているのかということはまだわからないことがたくさんあります。
 
−−最後に、今後の研究について教えてください。
シーラカンスは体に白い模様があり、この模様の付き方は個体によって違うので、個体を見分けることができます。
インドネシアでの調査で見つけたシーラカンスは30個体です。この内いくつかの個体は何度か遭遇しています。シーラカンスはそれほど移動せず、だいたい同じエリアで暮らしているようで、発見場所とほぼ同じところで一年後に同じ個体に遭遇することもありました。
このままインドネシアでの調査を続けていけば2009年に見たインドネシアシーラカンスの幼魚を再び発見できるかもしれません。
10年以上経っていますので幾分か成長をしているはずです。シーラカンスの寿命や成長についてはまったくわかっていないので、どのくらい大きくなっているのかがわかればシーラカンスの生活史を知る重要な記録になります。
今後とも調査を続け新しい発見をしていきたいと思います。
 
−−岩田さんたちのチームがシーラカンスの幼魚に再び出会い、新たな発見に繋がるのを楽しみにしています。次回は「黒潮水槽」担当の藤井健一さんにお話を伺います!

Author Profile

岩田雅光

1990年北海道大学水産学部水産増殖学科卒業、よみうりランド海水水族館へ勤務、1997年より福島県における水族館の立ち上げに参加。2000年アクアマリンふくしま開館時よりシーラカンス生態系調査プロジェクトのメンバー。アフリカやインドネシアでの生態調査の調査計画から許可手続き、実施までを行っている。

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