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12/2 2021

アクアマリンふくしまの飼育員さんに聞いてみた!

Vol.5〜水草が茂るカワウソのふち〜

「生物の自然の姿を見せる」ことに力を注いでいる水族館、アクアマリンふくしまの飼育員さんに、担当する生物やその飼育について聞いてみる連載の最終回、「縄文の里」や「アクアマリンえっぐ」のエリアを担当し、ユーラシアカワウソ(以下カワウソ)アナグマのほか、たくさんの生物たちを担当している中村千穂さんにお話を伺います!
 

アクアマリンふくしまで見られる陸上の生き物たち

−−中村さんはどんな生き物を担当されているんですか?
 
縄文の里では、カワウソホンドタヌキニホンアナグマネズミオオコノハズクなど、日本の里山に暮らす動物を中心に担当しています。
ほかにも、フェネックレッサースローロリス、爬虫類はニシアフリカトカゲモドキなども担当していました。
 

レッサースローロリス。熱帯アジアの森林にすむサルのなかま。森林破壊による生息地の減少から、国際間の取引を規制するワシントン条約Ⅰ類に指定され、厳しい管理下におかれいるものの、ペットとしての需要が高いことなどから、現在も密輸が後を絶たない。この写真は2012年に育児放棄となった新生児を人工哺育で育てている様子

ホンドタヌキ。寿命は野生では約5 – 8年、飼育下では10年程。低めの山や森、人が住む里山に生息し日本では古くからなじみのある生き物だが、世界的に見るとアジアの一部だけに生息している珍しい生き物。夜行性で警戒心が強く、通常は家族単位で生活し、どんぐりや果実、昆虫などを食べる雑食性

ニシアフリカトカゲモドキ。西アフリカ沿岸の荒地や岩場、ある程度湿度のある草原や森林に生息するヤモリのなかま。太い尾が特徴で、ペットとしても人気が高い

ぎゅっと集まったカヤネズミ。ネズミの仲間では日本最小で重さは7gしかない。"カヤ”とよばれるイネ科植物で巣を作る

−−たくさんの種類を担当されているのですね!生息環境が異なる生き物たちを担当するのは、水槽の魚たちとはまた違ったいろいろな苦労があるのではないでしょうか。
 
チーム内で分担して飼育に当たっていますが、同じ種類の生き物でも成長段階でケアが異なるので注意が必要です。
屋外施設がほとんどなので夏は暑く、冬は寒風のなかでの作業になります。

「わくわく里山・縄文の里」

−−これまでお話を伺ってきた中でも、中村さんは担当しているエリアの面積が特に広い印象です。今回メインでお話いただく「わくわく里山・縄文の里」では、ユーラシアカワウソのほか日本産動物の展示がありますが、どんなエリアなのですか?

2015年のアクアマリンふくしま。四角で囲んであるのが「わくわく里山・縄文の里」エリア。奥にフェネックたちがいる「アクアマリンえっぐ」が建っている。

2015年にオープンした縄文の里は、約200mあるトンネル状の通路が中央の「縄文時代の里山(山、川、湿地、滝など)を再現したエリア」をぐるりと囲むような造りになっています。
そもそも縄文の里を作ったきっかけは、当時の館長が「縄文だ!」と言い出したのが始まりです。縄文時代は、人々が自然のなかで豊かに暮らしていた時代であり、現代の自然と人の付き合い方を見直そう、という理念がスタート地点でした。
将来的には、中央の里内に動物を放し、お客さんが縄文の里のエリア内に入っていって、人と動物とが出会えるような場所にしたいのですが、今はいろいろな事情で実現は難しく、内部や外部に作られた展示を見てもらうかたちになっています。
当時カワウソは別の場所で展示していたのですが、縄文の里に新たな展示を作ることになり、水槽の立ち上げに一から携わることになりました。

滝や湿地を再現した縄文の里。こちらは2015年オープン当時の様子。滝の裏はトンネル通路となっている

現在(2021年8月)の縄文の里

カワウソの展示を作るまで

−− 日本の原風景にこだわって作られているのが、風景からも伝わってきます。絶滅してしまったニホンカワウソの近縁種とされるユーラシアカワウソをここに移動させたのも、ニホンカワウソがいた時代を考えさせられる展示ですね。このユーラシアカワウソの展示は特に力が入っていて、彼らの生息環境を植物を植えて再現したと聞きました。どのようにして今の環境を作ったのでしょうか?
 
カワウソはとても魅力的な動物ですが、それゆえに密輸などの問題も起きており、野生での生息状況は厳しいものです。
ニホンカワウソの二の舞にならないよう、当館では彼らの表面的な魅力だけでなく、野生本来の姿や生態、現状を伝えるような展示にしようと考えました。
テーマは「かつてニホンカワウソがくらしていた水辺」。植物と魚とカワウソが共存する水槽です。
まず、風景の要となる岩組は、すべて天然石を用いて作ることに決めました。動物園や水族館の展示では,荷重や強度の問題から人工の岩をよく用いますが、今回はより自然の風合いを出すことにこだわりました。天然の石を積み上げ,組み上げることで隙間ができ、魚の隠れ家にもなります。
しかし、そのぶん図面上で細かい計画を立てられず、普段は日本庭園を手がけている石屋さんと相談しながら1つ1つ石を積んで風景をつくりあげました。
カワウソの巣穴となる洞窟も、天然石で組み上げたものです。この巣穴の天然石は、植物が自然に根を張り、生長できる土台にもなってくれました。
 

巣穴で過ごす親子

陸上植物は、いたずら好きなカワウソたちが引き抜いたり掘り返したりするので、別の場所で事前にしっかりと根付かせる作戦を立てました。
実はこの新展示に移動する前、カワウソたちは「アクアマリンえっぐ」で飼育していました。当時から生態展示を目指して試行錯誤していたのですが、タンクを背負って水草を植える私の後ろで、カワウソたちが楽しそうに植えたばかりの水草を引き抜くようなありさまでした。新展示では、その教訓を活かして新たな方法を考えました。
それは、ヤシ繊維のマットに植物の苗を植え付け、十分に根が張ってから展示場に移動することです。
根が張っていれば容易に引き抜くことはできません。陸上から水際にかけて、セキショウやカサスゲなど耐水性のある植物を植え付けたマットを設置しました。
カワウソたちに荒らされることも覚悟していましたが、作戦が功を奏して植物は順調に生長・開花し、生息環境を再現した緑豊かな展示となりました。
寒くなってくるとカワウソたちがせっせと草木を集めはじめますが、冬も超えて春になると、植物たちはまた同じ場所から生えてきてくれました。

植物の植える作業の様子。植物の管理も全て飼育職員が行う

植物の間から顔をのぞかせるカワウソのドナウ

水草も同様にマットでセキショウモなどを育てて水槽に入れました。
カワウソがマットをひっくり返すのでその度に埋め戻していましたが、水草自体を抜くことはなく順調に生長しました。水草が十分に育ったころには、カワウソもマットをひっくり返すことはなくなりました。

カワウソが水草マットを頻繁にひっくり返すので、そのたびに潜っては埋め戻していた

こうして、夢にまで見た「水草の茂みをかき分け泳ぐカワウソ」の姿を実現できたのです。
水槽に入れる魚は選定試験を行い、カワウソと同居させても生き残りやすい泳ぎの早い魚種を入れています。
また、小さなサイズの魚を入れることで、もし捕まえて食べてしまっても、それほどお腹いっぱいになることはありません。
そのため、基本的には飼育員が与える餌で食べる量をコントロールし、健康管理を行うことができます。

水草の中を魚と一緒に泳ぐカワウソ。植えている水草はセキショウモ、ホザキノフサモ、エビモ

水草が繁茂し魚が群れる中を、悠々と泳ぐユーラシアカワウソの姿をみることができる。季節により、水草が枯れていたり魚が少ない時期もあるが、季節による変化を楽しむこともコンセプトだ

多様な環境を整えることで、流木で毛づくろいしたり、イロハモミジに木登りしたり、草木の陰で眠ったりするような、カワウソ本来の行動が見られるようになりました。
手足の水かきを使って水中を猛スピードで泳ぎ魚を追う姿は、まるで野生のカワウソを見ているようです。さらには野生ではみることが難しい水中での彼らの行動や体の使い方も十分に観察することができます。
前の展示のときから繁殖には成功していましたが、この展示に切り替えてから野生で確認されている哺育行動を見せてくれるようにもなりました。さまざまな環境がある展示なので、天候や状況に合わせて赤ちゃんを連れて巣を転々するようになったのです。これは危険分散のためと考えられており、飼育下では初めて確認されました。
さらに、父獣が育児に参加する様子も確認されました。生後2-3ヵ月の仔獣はまだ上手に泳ぐことができませんが、父の尾にしっかりとつかまって練習をしています。
表情豊かなカワウソたちを、ぜひじっくり見てもらいたいです。

手前が父親でその尻尾に捕まっているのが仔カワウソ

アナグマの展示はどうつくる?

−− 自然に近い環境を作ったことで、通常の展示で見られなかった行動が見られるのは驚きですね! ほかの動物で、中村さんが今後つくりたい展示はありますか?
 
アナグマです。自然下では彼らは巣穴で暮らし、出産や子育ても巣穴で行いますので、巣穴を掘れる環境での飼育にチャレンジしてみたいです。巣穴の一部を窓にすることで、お客さんが寝ているアナグマをそっとのぞけるような展示です。
いるときもあればいないときもあるので、巣穴にいるのを見られるかどうかは運次第になりますね。
 
−− アナグマの巣穴! それは確かに横から見られたらすごくおもしろそうですし、知らなかった暮らしを知るきっかけになりそうです。アナグマを選んだのはほかにも理由があるんですか?
 

アナグマのじょうたろう(♂・右)とさとこ(♀・左)

アナグマは嗅覚が発達していて、鼻が大きい

カワウソが現在の展示で飼育できているのは、彼らが非常に賢くて人(飼育員)に対して友好的であることが理由の一つです。
生息環境を再現した展示は隠れ家がいっぱいです。こういった場所で警戒心が強く繊細な動物を飼育すると、健康管理が難しくなってしまいます。
そのため、飼育員と信頼関係を結び、普段からトレーニングを行うことで、体重測定や健康診断などを安全に実施できる動物である必要があります。トレーニングというと強い響きに聞こえるかもしれませんが、強要するのではなく、飼育員に協力してくれることで動物にとってもいいことがあるよ、という方法をとっています。海外では「Cooperative Care」と呼ばれ、互いの関係性を良好に保つことが優先されます。

ユーラシアカワウソの「アキヨ」に聴診器を当て心音や心拍を確認しているところ

アナグマも今トレーニングをしていますが、匂いにとても敏感でアグレッシブな性格をしており、頭もいい動物です。環境を再現した展示の中でも適正な飼育管理が十分できる動物だと思っています。
 
アナグマを例に挙げましたが、特定の種に限らず、縄文の里は「人と動物の関係を見直す」ことがテーマです。
人と動物の関係がもっとも良好であった時代の風景を、展示を通して知り、自然の中の彼らの生活を垣間見ることで、野生動物や自然環境に対する理解を深めてもらいたいと思っています。

−− 実現したらぜひ見にいきたいです! 最後に、中村さんにとっての理想の展示を教えてください。
 
動物たちの「豊かな暮らし」が再現されている展示が理想です。豊かな暮らしを構築するためには、展示場の設備だけ立派でもダメです。
十分な運動ができる変化に富んだ環境、その中で適切な健康管理を行える飼育方法の確立、充実したエンリッチメント(動物福祉の立場から、飼育動物の“幸福な暮らし”を実現するための具体的な方策)、社会的な行動を引き出すことができる環境…などなど。
生き物が相手ですので、これができたら終わりということはありません。日々、その時の状況に応じた対応が求められます。
今日出来たと思っても、翌日はぜんぜん、ということも。でもそれが飼育の面白さです。
 

Author Profile

中村千穂

大阪生まれ、インドネシア育ち。幼少期より海に親しみ海水に浸り育つ。2003年東京水産大学海洋環境学科卒業。同年4月にアクアマリンふくしまに入社。2008年より海棲哺乳類、2010年以降は陸上哺乳類担当になり、どんどん海から離れている。旧ユーラシアカワウソ展示場(2010年)、新ユーラシアカワウソ展示場(2015)、新フェネック展示場(2017)、タヌキ・アナグマ展示場(2020)の設計に携わる。

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