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7/9 2018

あなたの知らない○○ワールド

第2回 地下生菌の世界 ――土中に潜った奇妙なきのこ

筆者は自然史系博物館で菌類、特にきのこ類を国内外から集め、研究をしている。
もともと幼少時から野生のきのこに関心があり、その不思議な形や生態に惹かれ続けてきたが、正直なところ,食べるのは嫌いだった。そんなこともあり、何年もきのこ観察を続けてゆくうちに、徐々に「きのこらしくない」きのこに関心が向くようになった。
 
みなさんは「きのこ」と聞いて、どんな姿を思い浮かべるだろうか?
大抵は柄が伸びてその先に傘をつくり、傘の裏側にはひだがある、いわゆるシイタケやマツタケのような形をイメージするだろう。野生のきのこに関心がある人なら、木から発生する堅いサルノコシカケや外皮が星形に裂けるツチグリのようなきのこを連想するかもしれない。では、これらのきのこに共通する特徴はなんだろうか?
もちろん色々あるに違いないが、根本的な点としては「地上にきのこをつくる」ということが挙げられる。当然のことである。菌類が胞子をつくり、遠くに散布するための器官が、「きのこ(子実体)」なのだから。
 
しかし、きのこの中には、地上に顔を出すことを止めてしまったものが多数存在するのをご存じだろうか?

地上に出ることをヤメたきのこたち

じつは、きのこは地上だけに生えるものではない!
林の中をふつうに散策していても、なかなか目にする機会はないが、落ち葉の下や土壌中にも「地下生菌(ちかせいきん)」と呼ばれるきのこ類が発生する。
ヨーロッパで高級食材として珍重されるトリュフ類や、日本でも古くから食材として利用されてきたショウロ(松露)などがその代表選手で、多くはややいびつな団子のような形をしている。

地下生菌の形態(左/アオゾメツチダマモドキ、右/コルティナリウス・ポルフィレウス(ニュージーランド産))スケールは1cm

通常のきのこは、傘の裏側(ひだの部分)に胞子を形成し、成熟した胞子は風によって遠くへ運ばれる。一方、地下生菌の場合は、団子型のきのこの内部に、一般的なきのこの「ひだ」に相当する胞子の形成組織(グレバ)が詰まっている。通常、地下生菌の子実体は外皮に被われたまま成熟するため、内部の胞子が風によって散布されることはほぼない。地下生菌の中には、ふつうの地上生きのこのように柄が発達するものもある(セコチウム型菌と呼ばれる)。
 

地下生菌の見つけかた

地下生菌は地上生のきのこのように目視で見つけるのは難しいので、探すときは庭仕事用の熊手(レーキ)などを使って、落ち葉や土壌表面を軽く掻き分けながら探していく。
熊手を使って探すと言っても、広大な森の中をやみくもに探し回るのでは、効率よく地下生菌を見つけることはできない。見つけるには、地下生菌の「生きざま」を知る必要がある。
地下生菌の多くは、特定の植物の根の先端に「菌根(きんこん)」と呼ばれる特殊な構造をつくり、植物と養分のやり取りを行ながら共生している。
つまり、この共生相手の植物(樹木)の周りを探せば、効率よく地下生菌を見つけることができる。基本的には、ドングリのなる木(ブナ科)やマツやモミ(マツ科)などの周りを探すことが多い。

地下生菌採集の様子

他力本願な繁殖方法

前述のように、地下生菌の子実体(きのこ)は、そもそも構造的に胞子を風で散布するには全く向いていない。ではどうやって胞子を散布しているのだろうか?
地下生菌の子実体の多くは、成熟すると甘い果実のような匂い、ガーリックのような匂いなど、種類によって独特な匂いを出す。その匂いに誘引された虫や哺乳類などにきのこを食べてもらうことで、地下生菌はきのこ内部の胞子を散布していると考えられている。すなわち、自力で子孫を残すことを止めて、他者に頼るようになったなれの果てが地下生菌である、と言えるかもしれない…。世界中のグルメを唸らせるトリュフの香りは、ラクをして子孫を残すための大切な手段だったのである。

日本産トリュフの一種、イボセイヨウショウロ。見た目はヨーロッパの黒トリュフとそっくりだが、匂いはかなり異なる。

地下生菌の多様性と進化

形も生態も独特の地下生菌であるが、科学的な分類の上では、「チカセイキン科」などというグループがあるわけではない。
 
きのこをつくる菌類は、菌類(菌界)の2つの門(担子菌門・子嚢菌門)にまたがって存在するが、地下生菌は、それぞれの門のさまざまなきのこの系統から、互いに関係なく進化してきた菌類の集合であることが分かっている。
すなわち、イルカ・クジラと魚類や、コウモリと鳥類のような、ルーツは異なるが似た形に進化した例が数えきれないほど多くの菌類の系統で確認されているのである。そのため、一見そっくりな色・形の地下生菌同士も顕微鏡で胞子を見比べると全く別物、ということがとても多い。
「地下生菌」は他人の空似の集合体なのだ。
 

スイチチショウロ

ステファノスポラ属の一種

スイチチショウロとステファノスポラ属の一種は一見そっくりだ。しかし、前者はハツタケ(左下)と、後者はリンドネリア属菌(右下)と共通の祖先から進化した地下生菌であり、両者の間には類縁関係はない。それぞれの胞子を観察すると、その違いがはっきりする。

スイチチショウロ(左上)はハツタケ(左下)と、ステファノスポラ属の一種(右上)はリンドネリア属の一種(右下)とそれぞれ類縁関係にある。

現在までのところ、全世界でおよそ1300種もの地下生菌が知られているが¹、今なお、毎年各地で新属や新種が報告され続けており、その多様性の全貌は明らかでない。
 
日本国内では27科48属、およそ180種の地下生菌が知られているが²、これは実際に存在する種の一部に過ぎない。実際には、名無しの地下生菌のほうが多数を占めるだろう。
国内でも近年新属や新種の報告が相次いでおり、まだまだ未知の地下生菌との出会いは尽きそうにない。
 
1:Castellano (2004) Sequestrate-fungi. In: Mueller G.M., Bills G.F., & Foster M.S. (Eds) Biodiversity of Fungi, Elsevier Academic Press, Burlington, MA, pp.193–213. には全世界で1200種とあるが、それ以後の増加種数を考慮し、1300種程度とした。
2:山本航平・折原貴道(2018)日本産地下生菌の分類学的研究史. Truffology 1: 14–21

地下生菌研究の楽しみと可能性

地下生菌はなにも山奥に行かなければ見つからない訳ではない。都市公園など、意外に身近な環境にも多くの種が発生する。熊手で落ち葉を掻き分けながらの地下生菌探しはなかなか根気のいる作業だが、コロッと掘り出した時の喜びは何度味わっても嬉しいものだ。
その場でぱっと見ただけでは種名を決められないことも多く、その場合は匂いを嗅いだり、切断面をみて判断する。それでも判らない場合は、持ち帰って顕微鏡で胞子を観察し、DNAの塩基配列の情報なども手がかりに調べてゆく。
 
中には未知の系統の(類縁の種が知られていない)地下生菌が発見される場合もあり、DNAを調べた結果、全く姿形の異なる地上生のきのことの関連性が明らかになる場合もある。一体、いつ、どのように地下生菌へ進化したのか? 興味は尽きない。地下生菌研究の醍醐味のひとつと言えるだろう。

ジャガイモタケ

キッコウアワタケ

 ジャガイモタケは、近年DNA情報の解析がなされた結果、これまで考えられていた地下生菌のグループに含まれず、キッコウアワタケとの共通の祖先から進化した未知の系統の地下生菌であることが明らかになった。それに基づき,新たにジャガイモタケ属Heliogaster Orihara & K. Iwaseが提案された。スケールは2cm
 
 
きのこ類に普遍的にみられる形であるにもかかわらず、一般的なきのことは全く生態が異なる地下生菌。きっとその形態や生態の裏には、興味深い物質やメカニズムが隠されているに違いない。今後、地下生菌の分類が進んでゆくとともに、これらの謎も解き明かされてゆくだろう。
 
今後の地下生菌研究の拠点として、また、多くの人々に地下生菌について正しく知ってもらう情報発信源として、2016年夏に「日本地下生菌研究会(略称JATS)」を設立した。日本地下生菌研究会の無料オンラインジャーナル『Truffology』も刊行している。
地下生菌に興味を持たれた方には、ぜひ研究会のウェブページをご覧いただきたい。
参考:日本地下生菌研究会ウェブページ

Author Profile

折原 貴道

神奈川県立生命の星・地球博物館学芸員(菌類担当)。鳥取大学大学院農学研究科博士課程修了、博士(農学)。2011年より現職。専門はきのこ類、特に地下生菌の系統分類学および生物地理学。幼い頃よりきのこに興味を持っていたが、地下生菌に関心を抱いたのは高校生の頃。現在、日本地下生菌研究会(JATS)会長・事務局。近年は伊豆諸島をはじめとする島々の地下生菌に注目して研究を進めている。嫌いな食べ物はシイタケ。

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