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Running Story

7/30 2018

あなたの知らない○○ワールド

第4回 ヨコエビの世界 〜エビじゃない! どこにでもいる? 不思議生物

ヨコエビという生き物をご存じだろうか。名前にエビとあるのにエビにあらず。しかもヨコ!? 何ともとらえどころのない生き物だが、じつはヨコになることであらゆる環境に適応し繁栄している動物なのである。
あなたもヨコになって肩の力を抜きつつ、ユニークなヨコエビの世界をのぞいてみませんか。

深海で浮遊生活するトンガリネコゼヨコエビ。SF映画から抜け出してきたようなフォルムと真っ赤なボディーカラーが特徴的。赤い体色は茹でられたからではなく生時の色。海の中では赤色は真っ先に吸収されるため、深海では赤い色が周囲から見えにくい保護色になる。(著者撮影)

ヨコエビの「ヨコ歩き」

ヨコエビの最も大きな特徴は、体をヨコにして素早く歩き回ることである。ヨコエビという名はこれに由来する。なぜ、ヨコエビはヨコになって素早く移動することができるのだろうか。
 
ヨコエビは多くの種類で体長5 mm〜1 cmくらいの大きさだ。ヨコエビのような小型の動物は、常に魚類や水生昆虫などの大型の動物に捕食される危険にさらされている。このような捕食者から逃れるため、彼らは岩の隙間や石の下などに潜り込み、身を隠しながら暮らしている。そして、狭い隙間に入り込むためには、体は薄いほうが好都合である。
 
そのため、隠蔽的な生活を送る動物のほとんどは、例えばダンゴムシのように体を背中から押しつぶしたような体形をしている。いっぽう、ヨコエビの体はこれらの動物とは異なり、左右に扁平な形をしている。そして、ダンゴムシやミズムシだったら腹ばいになって這いまわるところを、ヨコエビは左右どちらかの面を下にしてヨコになって歩く「ヨコ歩き」、という奇妙な移動方法をとるのである。

ヨコエビは何の仲間?

名前にエビとあるが、じつはエビよりもダンゴムシやフナムシなどに近い仲間である。これらは、エビやカニ、ミジンコなどと同じ甲殻類に分類される。

エビとはどこが違うのか?

ヨコエビとエビの違いでまず目につくのが、ヨコエビには背甲(はいこう:エビの兜のようなところ)が無い、ということだ。そして、体はたくさんの節からできている。節と節の間はうすい皮でつながっているだけなので、体を柔軟に動かすことできる。また、ヨコエビの目には柄がない(エビの目には柄がある)とか、遊泳脚(専門用語では腹肢)が3対しかない(エビは5対の腹肢をもつ)などの違いもある。
 
 

ヨコエビ(上)とエビ(下)の体のつくりの違い。(原図)

謎の「逆向き」の脚

ヨコエビは、前方の歩脚と後方の歩脚で向きが異なるという、かなり特殊な構造の脚をもつ。前方の脚(下の図中、黒矢印上部の脚)は前から後ろへと地面を蹴り、後方の脚(下の図中、赤で示した脚)は後ろから前へと蹴り上げるのだ。つまり、このままの状態で歩脚を前後に動かすと、前方の脚は前に進み、後方の脚は後ろに進むという、あべこべなことになってしまう。
 
ところが、後方の脚は特別な関節の構造をしており、背面に180度回転させることが可能なのである。そのため、体をヨコにした状態では、前方の脚は腹側の地面を、後方の脚は背側の地面を蹴ることができ、どちらの脚も体を前方に押し進めることになる。
 
開放的な場所では、この「ヨコ歩き」に使われるのは水底に接している左右どちらか片側の脚だけである。一方、落ち葉や石の下のような狭い場所では、左右両方の脚を使って地面と天井の両方を蹴ることができるため、より効率的に移動することができる。この特殊な脚がヨコエビの「ヨコ歩き」に重要な役割を果たしているのである。

ヨコエビの「逆向きの脚」。左図はすべての歩脚が腹側にある状態で、右図は後方の脚を背側に跳ね上げた状態。後方の歩脚は赤で着色してある。矢印は各脚の運動方向を示す。実際には右図の状態で「ヨコ歩き」をすることに注意。(原図)

どこにいるのか?

この問いに対しては、シンプルに「どこにでもいる!」と答えたい。ヨコエビの種数が最も多いのは海で、潮間帯などの浅い海から水深1万メートルを超えるマリアナ海溝まで生息する。また、河川や湖沼などの淡水環境にも見られる。さらに、水さえも飛び出し、砂浜や内陸の森林土壌のような内陸環境に進出したグループもある。
 
これまでに世界から約9000種、日本からは約400種のヨコエビが知られている。しかし、毎年多くの新種が報告されており、調査が徹底すれば日本のヨコエビは1000種を超えると予想されている。このようにヨコエビは、種の多様性も非常に高い。

ミナミオカトビムシの左側面(左)と背面(右)。陸生のヨコエビで、本州以南の海岸林に生息する。この仲間はハマトビムシ類と呼ばれ活発に飛び跳ねる。跳躍に腹部の筋肉(矢印)を使う動物は珍しく、甲殻類の中でもハマトビムシ類にのみ見られる特徴である。(著者撮影)

秋芳洞に生息する地下水性ヨコエビ  発見から91年経て新種と判明!

秋芳洞(あきよしどう)は、山口県美祢市の秋吉台の地下に広がる日本最大の鍾乳洞である。国の特別天然記念物に指定されており、古くから観光地としてその名を知られている。洞窟生物についての研究の歴史も長く、洞窟内の流れからはアキヨシミズムシ(甲殻類)やアキヨシミジンツボ(巻貝類)などの地下水生物が見つかっている。
 
しかし、何といっても洞窟の地下水を代表する動物といえば、洞窟内でも肉眼で容易に発見・観察できるメクラヨコエビの仲間である。メクラヨコエビ類は体長約1cm。小さいと思われるかもしれないが、微小なサイズの動物が多い地下水環境のなかではメクラヨコエビ類は異例の大きさなのである。彼らは光の届かない暗黒の世界に生息するため、目は退化している。また色素も失われ、体は半透明の美しい乳白色をしている。
 
1927年(昭和2年)、京都帝国大学(現京都大学)の上野益三博士は、四国を中心に分布するメクラヨコエビの1種「シコクメクラヨコエビ」を秋芳洞から初めて報告した。これ以降、秋芳洞のメクラヨコエビは「シコクメクラヨコエビ」であると誰もが信じて疑わなかった。しかし、実は秋芳洞のメクラヨコエビはシコクメクラヨコエビではなかった。新種だったのだ!

秋芳洞の入口(左)と入り口を内部から見たところ(右)。来訪者はまず、この巨大な洞口に驚かされる。秋芳洞は、数億年前に海の底で形成された石灰岩の地層が地殻変動により隆起して地上に現れ、その後、長い時間をかけて雨水が石灰岩を溶かすことで形成されたと考えられている。(著者撮影)

わたしたちの研究グループは、数年前から秋芳洞を中心に各地の洞窟を巡り、メクラヨコエビの調査を続けてきた。そして遂に今年(2018年)、秋芳洞のメクラヨコエビが新種であることを明らかにし、学術雑誌に公表した。秋芳洞でメクラヨコエビが最初に見つかってから実に91年の年月が流れていたことになる。
 
新種の名前は、「シコクメクラヨコエビ」の名付け親でメクラヨコエビ類の研究に大きく貢献された京都帝国大学(現京都大学)の赤塚孝三博士にちなみ、アカツカメクラヨコエビ(学名はPseudocrangonyx akatsukaiと命名した。
 
今回、秋芳洞から新種が見つかったことは、秋芳洞のような良く知られた場所でも、まだまだ新たな発見があることを示した点でとても意義のあることだと言える。「太陽の下に新しきものなし」とは古くからの格言だが、じつは太陽の光の届かない地下世界に新しい発見があったのだ。

秋芳洞から見つかった新種アカツカメクラヨコエビ(左側面)。目や体の色素は退化している。(著者撮影)

秋芳洞の入口付近に鎮座する河童の像。中央の河童は手にメクラヨコエビを抱いている。(著者撮影)

銘水にヨコエビあり! 一度は訪れたい、ヨコエビと出会えるスポット

ここまで読んでいただいて「ヨコエビに会いたい!でも、どこに行けば会えるのか分からない」という方には、湧水(ゆうすい)を訪れることをお勧めしたい。湧水とは、地下水が地表に自然に出てきたもののこと、つまり湧き水である。冷たい水を好むヨコエビは、湧水を代表する生物なのである。
 
清らかな水がこんこんと湧き出る湧水は、日々の煩わしさを忘れさせてくれる癒しの場である。時には冷涼な水を口に含んで味わってみるのも一興である。一息ついたら、そっと水の中を覗いてみよう。きっと水底を「ヨコ歩き」したり、意外にも素早く泳ぎまわるヨコエビの姿を観察することができるだろう。思わず笑顔になること請け合いである。観察には箱眼鏡があると水中の様子が良く見えて便利である。
 
ここでは、日本各地の銘水を巡ってきた著者とっておきのヨコエビ観察スポットをご紹介しよう。もちろん、日本各地にはたくさんの湧水があるので、ぜひ皆さんも自分だけのお気に入りのヨコエビ・スポットを見つけて欲しい。

秋田県三郷町六郷:ミカドヨコエビ

ミカドヨコエビ。青森県,秋田県,岩手県の湧水域に分布する。タイプ産地はニテコ清水。(著者撮影)

ミカドヨコエビが観察できるニテコ清水。日本百銘水に指定されている六郷湧水群(秋田県三郷町)のうちのひとつ。ミカドヨコエビは六郷湧水群に広く見られる。(著者撮影)

秋田県三郷町六郷は古来より百清水とも言われるほど湧水が豊富な地域であり、六郷湧水群として日本百銘水に指定されている。ニテコ清水は六郷湧水群の代表的な湧水の一つ。ここではミカドヨコエビが観察できる。ミカドヨコエビは、青森県、秋田県、岩手県の水のきれいな湧水にのみ生息する日本固有種であり、ニテコ清水がタイプ産地(新種が確認され、その種を記載するときに基準となった標本が採集された場所のこと)である。個人的なことで恐縮だが、ミカドヨコエビは著者がまだ学生だった頃に記載・命名した思い出深い種である。なお、種名の「ミカド」は、明治天皇御幸の際にニテコ清水の水が献上されたことにちなんで命名した。ヨコエビ観察のお供には、ニテコ清水のおいしい水で作った「ニテコサイダー」が欠かせない。

福井県大野市泉町 御清水:オオエゾヨコエビ

オオエゾヨコエビが観察できる御清水。福井県大野市には日本百銘水の御清水をはじめ多数の湧水がある。(著者撮影)

カワゴケと玉石の対比が美しい御清水。ヨコエビはこのカワゴケの中に潜む。(著者撮影)

オオエゾヨコエビ。北海道から本州の湧水に分布。(著者撮影)

御清水(おしょうず)は福井県大野市泉町の湧水で、名水百選に選定されている。かつては城下町として栄えたこの町で、御清水は人々の生活と密接に関わり合いながら現在まで地域の人々に利用されている。どこまでも澄んだ水と水底の玉石、そして青々としたカワゴケの対比が美しい湧水である。水の中をのぞいてみると、東日本の淡水域を代表するヨコエビであるオオエゾヨコエビがカワゴケの間で遊ぶ様子を観察することができる。

山口県美祢市 別府弁天池

ニッポンヨコエビが観察できる別府弁天湧水(山口県美祢市)。コバルトブルーの水色が美しい。日本百銘水に指定されている。ニッポンヨコエビは湧水池からの流れ出る小流に多く見られる。(著者撮影)

別府弁天湧水の水中の様子。ヨコエビの天敵の魚類が多いためか、湧水池内ではヨコエビの姿をあまり見かけない。(著者撮影)

西日本の湧水や渓流に生息するニッポンヨコエビ。ヨコエビのメスは脱皮直後の体の柔らかい時にしか産卵できない。オスは確実にメスと交尾するために、メスを抱えてキープする。写真の上がオスで下がメス。(著者撮影)

 
別府弁天池は山口県美祢市の秋吉台カルストに位置し、コバルトブルーの水色が美しいため多くの観光客に人気の湧水である。名水百選に選定されているこの湧水の水質はカルストに特有のもので、カルシウムや炭酸水素塩が多く含まれている。コバルトブルーの水色もこの水質が関係していると言われているが、水中をのぞき込むと思わず吸い込まれそうな青さに目を奪われる。この別府弁天池では、西日本の淡水域を代表するヨコエビであるニッポンヨコエビが観察できる。ハヤなどの魚類が多く生息するためだろうか、ヨコエビの個体数は湧水池内では極めて少ないため、流出する小流の方が観察しやすいだろう。
 
 

Author Profile

富川 光

1978年、東京都生まれ。山形大学理学部生物学科卒業、北海道大学大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学)。専門分野はヨコエビ類の系統分類学的研究。現在、広島大学大学院教育学研究科准教授。

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