Vol.4〜バショウカジキの泳ぐ水槽〜
「生物の自然の姿を見せる」ことに力を注いでいる水族館、アクアマリンふくしまの飼育員さんに、担当する生物やその飼育について聞いてみる連載の第4回、今回は「潮目の海チーム」のチームリーダーで、「黒潮水槽」を担当し、カツオやキハダ、チンアナゴや熱帯魚などを担当する傍ら、バショウカジキの採集を行っている藤井健一さんにお話を伺います!
黒潮水槽。時折マグロ類がイワシ群を襲います
ガラス張りの天井から太陽光線が降り注ぐ、美しい水槽です
−− 担当されている「黒潮水槽」にはどんな生き物がいるのですか?
「黒潮水槽」は当館で一番大きな水槽です。水深8m、水量約1,500m3と学校の25mプールの約4杯分の大きさです。
食物連鎖を展示のテーマにしており、黒潮流域の外洋で生活しているマイワシ、カツオ、キハダなど8種約3万点(2021年8月時点)を展示しています。
黒潮水槽を泳ぐカツオ
水槽の水温は年間20~24℃に保っていますが、これは黒潮の環境を再現するためです。日本のはるか南から流れてくる黒潮は、九州、四国、本州の沖を通り福島県沖へやってくる暖流です。その流域には外洋を泳ぎ回る回遊魚の世界があり、プランクトンを餌にするマイワシなどの小魚を、マグロ、カジキ類が食べるという自然の海で繰り広げられています。
「食う、食われるの関係」を水槽内で再現しています。
飼育作業の様子
−− 小さなイワシから、大きなマグロまで泳いでいる、自然の海を再現されているのですね。藤井さんはご自身で展示する生き物を採集しているそうですが、自分たちで採集をするのには何か理由があるんですか?
専門の業者から生物を購入して展示する水族館もありますが、当館では開館当初から館長の方針により、自分たちで現地に行って採集、蓄養、輸送をしてきました。
実際に現地の海に潜るとどんな環境にどんな生物がいるのかなどわかりますし、水槽内で自然界の様子を再現することの参考にもなります。
また採集した生物を活魚トラックで輸送します。採集地から当館まで酸素の量や水槽内の換水など魚の状態を見ながら作業をするので、到着まで気が抜けません。
無事に到着し、水槽内で元気に泳いでいる姿に安心感とともに愛着が湧きます。
−− 輸送の際のケアと、その後の展示についても見越して採集に赴いているのですね。これまでにどんな生き物を採集しましたか?
奄美大島で漁師さんと一緒に潜って、追い込み漁でチョウチョウウオなどの熱帯魚のほか、串本沖の定置網漁でカマスサワラやハガツオなどを採集しました。
熱帯魚追い込み漁用の網を準備
10日間港に戻ることなく延縄漁の船に乗り続け、カラスエイを収集した時もあります。時化(しけ)の日はつらかったのですが、船上で漁師さんが作ってくれる料理は絶品でした。
延縄漁にて漁師さんと船中で一緒に食事
船上で釣りたてのカツオを捌く角田正彦氏
−−本連載第二回、松崎浩二さんのインタビューでも、漁師さんとの良好な関係が不可欠なことが伝わってきましたが 、藤井さんは漁師さんとどのように信頼を築き上げていったのでしょうか?
当館は2000年夏に開館しましたが、私は幸運なことに開館2年前の準備段階の時に採用されました。それから1年後、黒潮水槽のメインの魚であるカツオ、キハダ、メバチを収集するため奄美大島への出張を命ぜられました。
まだ採集、蓄養、輸送の方法もわからず、翌年にはオープンというプレッシャーの中、現地の漁師さんの協力を得て、一緒に試行錯誤しながら日々奮闘していたことは懐かしい思い出です。
漁師さんは生真面目で無口な方が多いです。突然やってきた右も左もわからない若者に「魚を活かして欲しい」といわれてもいい顔はしません。
まずは一緒に船に乗って、漁の手伝いや船の掃除を積極的にしながら、こちらの情熱を伝えることから始めました。だんだん打ち解けてくると、漁師さんも魚を状態よく活かすためのアドバイスをくれますし、こちらの意見も聞いてくれます。帰港後は、今日の反省点や次回はこうしようと意見交換しながら夜通し飲んで、また早朝4:00に出港することもよくありました。美味しい福島の日本酒やお菓子を持参すると喜んでくれます。
オープン後、漁師さんと一緒に収集したマグロ類を実際に水槽で見てもらい、お客様が喜んでいる姿を一緒に見た時はとても感動しました。
一本釣りにてカツオ採集
奄美大島の追い込み漁の漁師さん
当館には、全国各地にお世話になっている漁師さんが沢山います。珍しい生物や、こちらがお願いしている生物が獲れたらすぐに「変なのが獲れたぞー」と連絡をくれます。
他の水族館でよい展示を見かけたときも、きっと漁師さんと良好な関係が築けているからではないかな?と想像します。
東日本大震災で水槽が空になった時も「大丈夫か?魚獲れたから取りに来い、何か手伝えることはないか?」と、ありがたい言葉をいただきました。
漁師さんとの繋がりが当館にとっての財産となっています。
定年後に、これまでお世話になった漁師さんのもとへ妻と挨拶回りに旅行に行くことを楽しみの一つにしています。
−− 全国の港一周旅行になりそうですね! ところで、漁師さんだけでなく、いろいろなところと連携して採集したのがバショウカジキとのことですが、当時の様子を教えてください
当館ではかねてから大型の捕食者としてバショウカジキの展示に挑戦してきました。過去には、和歌山県串本町大島の定置網漁で採集した個体を約2か月間(2009年9/14~11/26)飼育展示したことがあります。
最近では、2020年10月11日、新潟県西方沖に位置する佐渡島において越前水産株式会社、地元尖閣湾・揚島遊園水族館と新潟市水族館マリンピア日本海の協力のもと定置網漁で採集した1個体(全長約70cm)を展示することに成功しました。
収集に協力してくれた越前水産株式会社の皆様と当館スタッフ
定置網に入ったバショウカジキの幼魚
外洋で生活しているカジキ類は、水族館にとって飼育困難生物の一つです。
同じ外洋で生活しているマグロに関しては、日本各地の海にマグロの幼魚がいつごろ、どのくらいの量で回遊してくるのかを経験から大体わかっていますので採集は比較的容易です。
しかし、カジキ類はそうはいきません。唯一、バショウカジキの幼魚(体長約40cm~1m)が夏から秋に黒潮や対馬暖流に乗って南日本や日本海の定置網に入ることが知られているだけです。
そこで、漁師さんからの情報をもとに採集に向かいますが、いつ入網するのかわかりませんし、年に数尾しか入網しない時もあるため、採集は困難を極めます。
そのため、漁師さんから「カジキが獲れだしたぞ」と連絡があると現地に急行することになります。
網の中にカジキがいないか漁師さんと一緒に入念に探しているところ
船内生簀内で遊泳するバショウカジキ
佐渡島での採集の時は、現地について定置網漁に乗船しました。網の中のバショウカジキを確認し、少しずつ網を狭めていきます。バショウカジキの体は擦れに非常に弱いのでビニール製のたも網で水ごとすくいあげ、船の生簀に収容しなければならないからです。
港に到着後、魚体を傷つけないように船内生簀からデリックダモでとりあげ、大型活魚トラックの水槽に収容して水族館まで輸送します。輸送時間は約9時間におよびました。
黄色い籠のようなものがデリックダモ。中にバショウカジキの幼魚が入っている
大型活魚トラック
黒潮水槽内のバショウカジキ
当館で黒潮水槽に放すと、落ち着いた様子で壁面を認識しながらゆっくり遊泳し、水中でホバリングすることもありました。また、餌を獲るために背鰭や腹鰭を広げて急停止や急旋回をする様子も見られました。
水槽内には餌となるマイワシを一緒に泳がせたり、壁を認識させるために空気の泡を出して飼育をしていましたが、残念ながらカジキの特徴である上顎が壁面にぶつかって、飼育55日目に死亡してしまいました。
背鰭を広げてホバリング。水槽壁面に衝突して吻端が損傷してしまった
背鰭と腹鰭を広げているところ
餌に興奮すると、体側に横縞模様があらわれる
今後も、水槽内でバショウカジキがイワシ群を襲う光景を再現することを目指して採集、飼育に挑戦し続けたいと思っています。
−− デリケートな魚なのですね……! ぜひまた、黒潮水槽に仲間入りしてほしいところです。ほかに、藤井さんが採集や飼育に挑戦したい生き物はいますか?
世界中の熱帯、温帯域の表層から水深500mに生息しているアカマンボウという魚がいます。体はマンボウに似ていますが、マンボウの仲間ではなくむしろリュウグノツカイの近縁の魚です。主に延縄漁で漁獲されますが、鱗が非常に剥がれやすく大型であるため、まだ世界中どこの水族館でも展示できていません。
アカマンボウ。全長約2mにもなる大型魚。赤色の鱗が非常に剥がれやすい
ビンナガ。別名で「トンボ」と呼ばれるほど胸鰭が非常に長い
アカマンボウやマグロの仲間のビンナガなどいつかお客様に観ていただくことができるよう漁師さんと力を合わせて挑戦していきたいです。
−− 世界初の試み、達成できますように! 次回はユーラシアカワウソなどの展示を担当している中村千穂さんにお話を伺います!
Author Profile
藤井健一
潮目の海チーム・チームリーダー。1975年福岡県生まれ。水産大学校卒業。1998年よりアクアマリンふくしま勤務。趣味:旅行、新極真空手。オープン時と2004年より黒潮・サンゴ礁水槽担当。
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