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Running Story

7/29 2021

動物園好きが知っておきたい動物の見せかたの話

第1回 動物園のランドスケープ

執筆・写真:森 由民(動物園ライター)
 
この連載では、実際の動物園の展示を例に、さまざまな飼育展示の方法を紹介します。読者のみなさんが動物園の展示をより豊かに楽しみ、そこからさまざまなメッセージを読み取る手がかりにしていただければと思っています。

動物園にはいろいろな動物が飼育展示されていますが、その多くは野生動物です。犬を代表に人間が飼いならし、人間の活動の展開とともに世界中に広がっている家畜やペットなどとは違い、野生動物はそれぞれの生息地の自然環境と一体となっています。彼らの習性・行動・能力は、それらの環境の中での暮らしに適応して進化しています。そこで動物園は、どのようにしてその動物特有の行動を引き出すか、その行動が元々の生息環境で果たしている意味をどのように来園者に伝えるかを課題として、展示の工夫を積み重ねています。

レッサーパンダの森(長野市茶臼山動物園)

写真1

まずはこちらの写真です(写真1)。まるでどこかの森の中で野生のレッサーパンダに出逢ったような感覚にとらわれないでしょうか。
これは長野市茶臼山動物園の「レッサーパンダの森」でのひとコマです(写真2・3)。

写真2

写真3

先ほどの写真は雪を迎える前のものでしたが、山の傾斜を活かした立地のこの動物園では冬にはこんな風景が見られます。このエリアに入る前の写真で周りの建物などと比較すると、「森」とは言っても比較的コンパクトな展示なのは見て取れると思います。
しかし、一歩足を踏み入れると実際よりも広いように感じるのではないでしょうか。ここではカーブした観覧路やゾーン内に築かれた小山などで行く先を隠し、空間の広がりを感じさせ、行く先の期待感を高める工夫がなされています。

写真4

こうして見れば、文字通りに「レッサーパンダの森」でしょう(写真4)。
展示場内だけでなく、動物園の周りに広がる自然の植生も背景として取り込まれ、ひとつの景観(ランドスケープ)を創り出しています。先ほども触れたように、茶臼山動物園には雪の季節があるので、ますますレッサーパンダの生息地である四川省の山の森を思わせる眺めが広がります。
このように動物の生息環境について、見た目も含めて再現し、動物たちが本来持っている習性・行動・能力を引き出し、訪れる人に野生の環境と一体となった動物たちのあり方を体感させる展示技法を「生息環境展示」と言います。生息環境展示については、この連載の最終回で詳しく扱う予定ですが、動物園が動物の姿を伝えようとする時、ランドスケープの創り込みがポイントのひとつとなり得ることはわかったでしょう。

キリンはなぜ逃げない?(名古屋市東山動植物園)

次は、こちらの写真です(写真5・6)。

写真5 アミメキリンの無柵放養式展示(名古屋市東山動植物園)

写真6 アミメキリンの無柵放養式展示(名古屋市東山動植物園)

キリンがのんびりと食事をしています。しかし、キリンと観覧路の間は草原が続いているだけに見えます。このままではキリンが外に出てきてしまうのではないか。そう見えますが、90度横から見ると、展示場と観覧路の間にはモート(堀)があるのがわかります。キリンは足を痛めると生きていけないと生まれつき直感するようで、無理をして堀を渡ろうとはしないのです。角度を考えた見事な設計によって、観覧路にいると、このモートが見えないのです。
 このようなモートを活用した動物の放し飼いの工夫は、ドイツの動物商であったカール・ハーゲンベックが20世紀初めに自分の動物見世物やハンブルク郊外につくったハーゲンベック動物公園で大々的に応用することで動物園の世界に定着しました。檻や柵などの使用を可能な限り省くことから「無柵放養式」と呼ばれます。

サバンナの再現(愛媛県立とべ動物園)

写真7 アフリカサバンナの動物のパノラマ(提供:愛媛県立とべ動物園)

この技法を応用すると、観覧路と動物の展示場だけでなく、複数の動物の展示場が重なり合ったような見た目も創り出せます(写真7)。肉食動物と草食動物が本当に同じ場所にいたら事故の危険がありますが、モートを活用すると、実際には決して行き来はできないけれど、見た目にはお互いを隔てる柵や檻などがないため、まるでひと続きの場所で暮らしているように見せられるのです。ライオンとキリンなどの草食動物が同じ場所にいるように見せることは、わたしたちにアフリカのサバンナに来たような展示効果を味わわせてくれます。こうして、ハーゲンベックに始まる動物園の無柵放養式展示は、通景(ここではいくつかの展示場の眺めの重なり合い)によるパノラマ効果をももたらしました。無柵放養式の元祖と言えるハーゲンベック動物公園でも、ライオン・シマウマなどの通景によるアフリカ・パノラマなどが創られました。
 
次回以降はランドスケープの再現以外の、いくつかの動物園展示の技法を見ていきます。

Author Profile

森由民

(もり ゆうみん)
1963年、神奈川県生まれ。動物園ライター。動物園批評家。全国の動物園・水族館をまわり、おもに飼育員と動物たちの関係や、動物園展示のあり方などを取材し、著作・講演・動物園ガイドなどの活動を行っている。著書に『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで』(PHP研究所)、『春・夏・秋・冬 どうぶつえん』(東洋館出版社)、『約束しよう、キリンのリンリン』(フレーベル館)などがある。『ZOOたん』(ウェブ子育てカフェ)連載中(https://kosodatecafe.jp/zoo/)。Twitter:@yuminciwas

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