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Running Story

11/2 2021

動物園好きが知っておきたい動物の見せかたの話

第3回 シカとトナカイとプーズーと

執筆・写真:森 由民(動物園ライター)
 
この連載では、実際の動物園の展示を例に、さまざまな飼育展示の方法を紹介します。読者のみなさんが動物園の展示をより豊かに楽しみ、そこからさまざまなメッセージを読み取る手がかりにしていただければと思っています。

サルアパートからの脱却

「サルアパート」ということばを聞いたことがありますか。何種類もの霊長類を集め、同じような檻を並べて展示する施設について、もっぱらネガティヴな感覚をこめて使われることがある呼び名です。

単純化した図。実際には建物の外見をつくり込むこともあるが本質は変わらず、「サル・アパート」とか「サル長屋」 などと呼ばれる。

ここでは霊長類を例としているので「サルアパート」としましたが、もっと一般的に言えば近縁の種をいくつも集め、このようなかたちで展示している施設は古くからありました。現在では魅力を欠き、さらには動物福祉のうえでも飼育個体に単調な生活を強いる施設ということで、園内に残されているとしても、未改良のままの昔のものです※1
 
※1 こういうタイプの施設が残されている場合、せめて飼育的な配慮で少しでも動物の生活を豊かにしようと、霊長類ならばロープを張ったり横木を渡したり、あるいはささやかながらも擬木を入れたりといった工夫がなされています。
 
しかし、20世紀の初めごろには、このような施設のほうが普及しており、さらにはそれが展示として適切であると考えられていました。むしろ、第1回、2回で見てきたように、パノラマ展示を開発し、現在の動物園の展示につながる流れを創り出したハーゲンベック動物公園のような展示のほうが、同時代の他の動物園からは冷ややかなまなざしを送られており、こんな批判を浴びていたのです。
「あれは見世物で科学ではない」
動物商であったハーゲンベックは、自身の動物園に、仕入れた動物の集荷場としての機能をもたせており、パノラマ展示も人々の目を惹きつけて集客につなげる意図をもっていたのは確かでしょう。しかし、「科学ではない」という批判はもっと本質的なものでした。
20世紀初頭までの生物学の主流は分類学でした。分類学は生き物どうしの形態の比較に基礎を置きます。内部(解剖学)を含めた形態を比較することで、それぞれの種の近縁・遠縁を見定め、系統的な分類をするのです。フランス革命(1789~1799年)下に成立したフランス・パリの国立自然史博物館で権勢を振るった動物解剖学者ジョルジュ・キュヴィエは、現生の動物の比較解剖による幅広い知識を基に、ドイツで発掘された奇妙な化石を「翼のある爬虫類だ」と判定しました。翼竜の発見です。このように分類学は、私たちの動物に関する知識の拡大・充実に多くの成果をもたらしてきたのです。
「動物園は市民に科学を広める場である」という理念においても、当時の伝えるべき科学は分類学ということになり、近縁の種を並べ、動物どうしの細かな比較を可能にする展示こそが、正当な科学的展示とされたのです。モート(堀)を使ってライオンとシマウマが一緒にいるように見せるなどという仕掛けに、見世物以上の価値が認められなかったのも当然と言えば当然のことでした。
 
しかし、分類学的展示の欠点は、次第に明らかになっていきました。動物園が分類学の体現を目指そうとすると、少しでも多くの種を集めることが重視されるようになり、種の形態比較を容易にするためには、よけいな植栽や仕掛けのない、できるだけ単純な飼育展示施設が重用されます。しかし、ただ並べられている動物たちを見比べていても、彼らの野生での暮らしを知ることはできません。
20世紀以降に、生き物たちの関わり合いを重視して研究する生態学が発展してくると、分類学的展示のこういった点が鋭く批判されるようになりました。こうして、むしろハーゲンベックのパノラマ展示のような技法が、生態学を反映した展示にはふさわしいと見なされるようになったのです。飼育下で、その動物が本来もっている習性や行動が引き出せているかに注目する視点も、大きくは生態を重視したものと言えます。
このように、早くは1930年代あたりから動物園展示で生態や生息環境を再現しようとする動きが始まります。動物園史の研究では、これらを捉えて「分類学から生態学へ」と語られています。

シカの角はいつ落ちる?

しかし、分類学の発展を支えた解剖学を含む形態比較の研究も、いまだに大きな意義をもっています。実際に動物園で近縁の種を比べ合わせると、そこにはいろいろな発見があります。

エゾシカ(旭山動物園)

ここではシカ科を見てみましょう。この写真はエゾシカのオスです。シカはオスだけに角があるので、すぐに性別を見分けられます。オスたちは秋になると角で競り合ってメスと交尾する権利を争います。こうして交尾が成立すると春には子どもが生まれますが、その頃にはオスの角は根元から抜け落ちます※2。そしてまた、秋に向かって新しい角が伸びてきます。シカの角がオスだけにあるのは、こういう一年の暮らしのサイクルと結びついたものなのです。
 
※2 シカのオスが毎年新しい角を生やすにはコストがかかりますし、重たい角を頭にのせていることも負担です。つまり、オスはそれらのマイナス面を引き受けても、なお繁殖のために角を生やし、そのような負担がありながらも生き続けているオスに「強さのあかし」を見て、メスはオスを選ぶと考えられます。こうして、同性を圧倒し異性に選ばれるということが何世代も繰り返されて、シカのオスの角は発達してきたと考えられます。

トナカイ(秋田市大森山動物園)

この写真はトナカイです。トナカイもシカ科の一種ですが、この個体はオスでしょうか、メスでしょうか? 角があるのでオスと答えたいところですが、御覧のとおり授乳中です。トナカイはシカ科で唯一、メスも角をもつのです。トナカイは北極圏を中心とした地方に分布しています。そしてメスに角があるという特徴も、このような極寒の地域に暮らしていることと関係があると考えられています。
トナカイも秋にオスたちが角で競り合い、メスと交尾しますが、トナカイの中でも特に北極近くにすむ群れにとって、その後に訪れる冬はすべての大地が凍りつき、生き延びることさえ厳しい季節となります。蹄で氷を砕き、その下にあるわずかな地衣類などを食べてしのがなければなりません。
この冬を前にしてオスたちは角が抜け落ちます※3。しかし、メスの角は春までそのままです。メスはこの角で雪を掘ったりして食べ物を探すことができます。トナカイは他のシカ科同様、オスのほうが体が大きいのですが、メスはお腹に赤ん坊を抱えながらオスと競り合い、少ない食料を獲得することになります。そのときにメスの角は役立つと考えられています※4
 
※3 トナカイは氷河期の環境に適応して成立した種と考えられます。現在のトナカイは北極圏以外にも分布し、地域による生態のちがいもありますが、ここではトナカイという種の起源を考慮して、氷河期からの継続性が高いとされる北極圏のトナカイの生態を標準として紹介しています。
※4 なお、シカのオスは交尾するだけで、その後に継続的にメスと行動をともにしたり子育てに参加したりはしないので、社会的な意味での父親は存在しません。

「暮らし」の見せかた

針葉樹林(埼玉県こども動物自然公園)

広葉樹林(埼玉県こども動物自然公園)

こちらは埼玉県こども動物自然公園の「シカとカモシカの谷」です。

シカとカモシカの谷(埼玉県こども動物自然公園)

郊外の丘陵地にあるこの動物園では、その立地を活かして、まるで野生のホンシュウジカやニホンカモシカのすむ森を訪れたような体験を楽しめる展示を行っています。カモシカは「シカ」と名づけられてはいますがウシ科の動物で、オスにもメスにも角があり、それは一度伸びたら一生生え変わりません。「シカとカモシカの谷」では自然観察の感覚でホンシュウジカとニホンカモシカを比べながら、じっくりと違いを考えることができるでしょう。

ホンシュウジカ(埼玉県こども動物自然公園)

じつはシカのエリアとカモシカのエリアでは森の様子にも違いがあります。あらためて写真を比べてみてください。シカの森は下草が少なく、カモシカの森は緑豊かです。ニホンカモシカはホンシュウジカと比べると、より深い山にすみ、単独生活者です。一方、ホンシュウジカは本来、カモシカよりも標高の低い土地にすみ、群れ生活をすることもあってシカが暮らす場では下草も木も彼らの旺盛な食欲の対象となります。木の皮なども食べてしまうので、森の規模に対してシカが増えすぎると森そのものが荒れてしまう危険があります。
「シカとカモシカの谷」ではホンシュウジカの隣に、同じ植生でシカがいないエリアを設けています。シカのいないエリアでは下草や低木が茂り、立木や倒木の皮も食べられておらず、シカによる採食の圧力がひと目でわかるようになっています。

オオカミの森(旭山動物園)

旭山動物園では、エゾシカの展示「エゾシカの森」に隣接して「オオカミの森」がつくられています。日本列島のオオカミはすでに絶滅しています。北海道では明治時代に大規模な牧畜が発展する中、家畜を襲う害獣として政府が懸賞金を出しての毒殺等でオオカミが姿を消しました。現在、増えすぎたエゾシカの活動が森の破壊につながり、街の中にまで現われて人間との軋轢も生まれていますが、それはエゾシカの捕食者としてのオオカミを絶滅させた人間に対して、自ら償うべきものとして生態系が突きつけている問いであると言ってよいでしょう。旭山動物園の展示は「食う・食われる」という生態系の基本を示しつつ、かつてとこれからの北海道ひいては人間社会を考える糸口を示しています。

トナカイ(秋田市大森山動物園)

動物たちの生態を飼育展示に活かす工夫としては、こんなものもあります。さきほども写真を掲げた秋田市大森山動物園ではトナカイを泳がせる試みを行っています。北方にすむトナカイは厳しい冬を過ごす中で、冬には、ときに数千キロメートルも南下して比較的暖かい土地で冬を過ごし、春の訪れとともにまた北に向かいます。これらの移動の際、トナカイは大きな川を泳いで渡ることがあるのも知られています。大森山動物園では、このようなトナカイの習性に注目し、夏の暑さや血を吸いに来る寄生虫などの対策として園内の池での泳ぎを実施しています。動物園において、その動物の本来の暮らしを参考にした飼育がおこなわれるのは、当の動物の福祉になるとともに、引き出される能力や行動によって動物たちについてより多くを伝えてくれる展示にもつながるのです。

プーズー(埼玉県こども動物自然公園)

最後に、これもシカ科です。プーズーは南アメリカ(チリ・アルゼンチンの一部)にすむシカ科最小の種です。この名自体が現地語で「小さなシカ」を意味するとされます。その小さな体は、密に繁った森の中での単独またはペアでの暮らしにふさわしいものと考えられます。ここにもまた、種を生み出す進化の豊かな力が現われています。
 
次回はあらためて、生息環境の再現を重視する展示と、環境の構造や動物の特徴的な行動を切り出す展示の対比を紹介します。

Author Profile

森由民

(もり ゆうみん)
1963年、神奈川県生まれ。動物園ライター。動物園批評家。全国の動物園・水族館をまわり、おもに飼育員と動物たちの関係や、動物園展示のあり方などを取材し、著作・講演・動物園ガイドなどの活動を行っている。著書に『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで』(PHP研究所)、『春・夏・秋・冬 どうぶつえん』(東洋館出版社)、『約束しよう、キリンのリンリン』(フレーベル館)などがある。『ZOOたん』(ウェブ子育てカフェ)連載中(https://kosodatecafe.jp/zoo/)。Twitter:@yuminciwas

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