第5回 きのこに棲む線虫の世界 〜寄生虫と呼ばれる生物の巧みな生き様
皆さんは線虫と聞くと何を思い浮かべるだろうか?
つい最近、生のサバやイカなどを食べることで腹痛が引き起こされる「アニサキス」という寄生虫が話題になった。
このアニサキスは線虫の仲間で、その成長の過程で食物連鎖に伴ってプランクトンから魚やイカへと宿主を乗り換え、最終的にクジラやイルカなどの海生哺乳類に寄生する。ところがアニサキスが本来の宿主である海生哺乳類ではなく人にとりこまれてしまうと、本来の宿主にするのと同様に消化管の壁に潜り込もうとし、腹痛を引き起こしてしまうのだ。
参考記事:刺身にアニサキス? 魚によくいる寄生虫6種とその対策
森林環境においては、「松枯れ」の病原体となっている「マツノザイセンチュウ」もよく知られた線虫だろう。
枯れるアカマツ
松枯れの病原体であるマツノザイセンチュウ(雄)。体長は1mm程度だ
この線虫はもともと北米由来の外来種であり、少なくとも100年以上前に日本に入ってきたと考えられている。木質資材について伝播昆虫とともに持ち込まれたと考えられるが、そのもともとの伝播昆虫は日本に定着できず、マツノザイセンチュウの方だけが在来のカミキリムシであるマツノマダラカミキリと関係をもつことで日本に定着できたのだ。
ちなみにマツノザイセンチュウによる松枯れの説明の中で、「マツノマダラカミキリに寄生してマツへ運ばれる」といったことを聞くことがあるかもしれない。マツノザイセンチュウがマツノマダラカミキリに運ばれていることは間違いではないが、この表現は正しくない。マツノザイセンチュウは摂食活動を行わない耐久型幼虫というステージでマツノマダラカミキリの成虫の気管内に侵入して運ばれているが、この段階では栄養の摂取はないからである。このように直接的な栄養関係を持たず単なる移動手段として利用している関係は、「寄生」とはいわず「便乗」という。
枯れたマツから羽化脱出してきたマツノマダラカミキリは、繁殖前に栄養をつけるため健全なマツ類の枝をかじって摂食する。このときに、カミキリの気管内に入っていたマツノザイセンチュウの耐久型幼虫が、カミキリを離れマツへと侵入する。マツへの侵入に成功した耐久型幼虫は脱皮して成虫となり、マツの柔細胞などを摂食し、増殖を繰り返す。その過程でマツの病徴が進展し、枯れていくのである。マツノマダラカミキリは健全なマツには産卵できないため、このような枯れつつあるマツは格好の産卵対象木となる。こうして同じ枯れマツの中にマツノザイセンチュウとマツノマダラカミキリの両方が存在することになり、次の年の感染源ができあがる。このようにマツノザイセンチュウとマツノマダラカミキリ、そしてマツ類の三者間の相互関係により、松枯れという現象が引き起こされ、日本のマツが枯れ続けているのである。
アニサキスにしてもマツノザイセンチュウにしても、線虫は寄生虫や病原体という言葉で語られることが多く、一般の方にはマイナスのイメージをもたれてしまっているかもしれない。
けれども線虫は極めて多様であり、動物や植物の体内に棲息する寄生性のものだけでなく、細菌類や菌類、あるいは他の線虫などを捕食して食べている自由生活性の線虫も存在する。むしろ自由生活性線虫の方が圧倒的に多く、その棲息域は土壌や淡水、海水中に及び、深海底の泥や南極の氷の下、砂漠の砂中、温泉の中といった極限的な環境にまで進出している。地球上に線虫のいないところはないと言っていいくらいなのだ。
また、線虫は餌資源として、線虫を含む他のさまざまな動物や線虫捕食菌と呼ばれる菌類に食べられている。寄生性の線虫にしても自由生活性の線虫にしても、他の生物と相互に関係しながら生態系の物質循環の中で重要な役割を果たしているのである。
このように線虫たちはそれぞれに多様な生活史をもっているのだが、このあとは皆さんにも身近な食材のひとつである「きのこ」に棲み、それを利用する線虫について少し紹介していこう。
きのこは菌類の大型の子実体(胞子を作る器官)だが、人を含めたさまざまな生物に食物源としても利用されている。雑食性の動物、あるいは菌食性の動物にとっては、基質中に薄く広がる菌糸と違って、きのこ(子実体)はまとまった量の塊として存在するため、効率よく栄養を摂取できる魅力的な資源である。
ドイツの市場で売られているきのこ(アンズタケ類)。きのこは人間にとっても魅力的な食物源である
一方できのこの多くはそれぞれの寿命が短く、発生期間も限られ、発生場所も限定されている。このことは線虫のように非常に小さくて、乾燥に弱く、足も羽もない移動能力に乏しい動物にとっては利用しにくい資源であるといえる。一見すると、これでは森林内に突然出現するきのこを、効率よく利用することは叶わないように思えるが、じつは野生のきのこの中には、さまざまな線虫たちが棲息し、それを利用している。
ヒラタケ子実体のひだに「こぶ」をつくり、その中に棲息しているヒラタケヒダコブセンチュウ(別名ヒラタケシラコブセンチュウ)Iotonchium ungulatumはそのような線虫の一種である。
ヒラタケのひだに生じた「こぶ」。ひとつひとつのこぶに線虫が棲んでいる
この線虫はキノコバエ科※1の一種により伝播され、その生活史にヒラタケ子実体のこぶに棲息する菌食世代とキノコバエの体内に寄生する昆虫寄生世代という、形態の異なる2つの世代をもっている。その生活史は次のようなものである。
※1 キノコバエ科はその名の通りハエ目の一群である。ショウジョウバエやイエバエなど一般的なハエ類が含まれるハエ亜目ではなく、カやユスリカ、ガガンボなどが属するカ亜目に属しており、姿形も一見するとカのように見えるものが多い。
①ヒラタケ子実体のひだに生じたこぶの内部には、ヒラタケヒダコブセンチュウの菌食性の雌の線虫が棲息している。菌食世代はこの雌線虫しかおらず単為生殖をしていると考えられる。この雌線虫はこぶの中で多数の卵を産む。孵化した幼虫はこぶ内で成長し、子実体が崩壊する頃には雄線虫と感染態雌線虫※2となる。
※2 宿主昆虫の体内に侵入するためのステージ。体内に侵入したのち寄生態雌線虫へと成熟する。
②キノコバエの幼虫も大抵は同じ子実体に食入しており、その崩壊時には、子実体を離れ付近の腐植や土壌中で蛹となる。この際に交尾を終えた感染態雌線虫がキノコバエの体内に侵入する。感染態雌線虫はキノコバエの体内で栄養を摂取してさらに成熟し、昆虫寄生態雌線虫となる。その雌線虫はキノコバエの体内で卵を産み、孵化した幼虫はキノコバエの卵巣に侵入する。そしてキノコバエの産卵管を通してヒラタケの子実体に伝播されるのだ。子実体に乗り移った線虫はひだにこぶを作り、その内部で成長、成熟し菌食性雌線虫となる。そしてその次世代がまたキノコバエに寄生する世代になるのである。
ヒラタケヒダコブセンチュウの生活史。ヒラタケとキノコバエの間を世代ごとに行き来している
ヒラタケヒダコブセンチュウの宿主範囲を調べていく過程において、他の野生きのこからも同属の線虫が次々に見つかっている。いずれも発見当時は未記載種(新種)であった。それらの線虫ではきのこにこぶを形成しないため、見過ごされていたのである。これまでにフウセンタケ類(フウセンタケ属)、ベニタケ類(ベニタケ属、チチタケ属)、キツネタケ類(キツネタケ属)の子実体からそれぞれ別種のIotonchium属線虫が得られている。
ベニタケ属のきのこ(クロハツ)。Iotonchium属の一種、I. russulaeの宿主きのこのひとつである
これらの線虫はキノコバエ科の異なる種に寄生しており、ヒラタケの場合と同様に菌食世代と昆虫寄生世代を交互に繰り返す生活史をとっていると考えられている。宿主きのこは幅広い分類群にまたがっているが、昆虫寄生世代の宿主昆虫はいずれもキノコバエ科にまとまっていることから、Iotonchium属の線虫はキノコバエの仲間と密接な関係を保ちながら進化し、宿主とするキノコバエの食性に伴ってきのこを利用してきたことが考えられる。
きのこを利用する線虫には他の生活史を送っているものもいる。例えばアラゲキクラゲの子実体から見つかった線虫の一種は、細菌食性線虫の仲間である。おそらく古くなった子実体で増殖する細菌類などを食べているのではないかと考えられる。このような線虫の中にはきのこ専食者に運ばれているものもあれば、機会的にきのこを利用する昆虫に運ばれている可能性もある。他にも昆虫に寄生する線虫が、その幼虫時代にきのこに棲息しているものもいる。このように様々な線虫がきのこを利用しているが、その生活史は未解明のものがほとんどである。そのような線虫の生態を、伝播者となっている昆虫の生活史と共に丹念に調べることで、きのこという資源を取り巻く生き物たちの相互関係が徐々に明らかになるだろう。
きのこを利用する線虫に想定される生活史。Iotonchium属は右の生活史である。このほかに土壌などに棲む線虫が偶発的にきのこに入ってくる可能性も考えられる
いわゆる奥山に行かなくても、身近な里山や公園には様々な種類のきのこが発生している。それらのきのこも調べてみると未知の線虫が棲息しているかもしれない(実際、ここで紹介したきのこに棲息する線虫は全て里山や公園から採取したきのこから検出されたものである)。
地球上にはまだまだ我々の目に触れたことのない生き物が数多く残されている。それは意外にも身近なところに存在している可能性に本稿を通じて気づいていただけると幸いである。
※ Iotonchium属線虫のように、生活史を全うするのに異なる複数種の宿主を利用する寄生のことを「異種寄生」という。線虫ではないが、異種寄生性の生物の代表的なものとして「サビキン(さび病菌)」の仲間がある。ナシの病害である「ナシ赤星病」の病原菌はそのひとつで、カイヅカイブキなどのビャクシン類とナシの間を行き来している。また虫こぶ(虫癭)を作る昆虫類にも異種寄生性のものが多く見られる(虫こぶ形成昆虫の場合は「寄主転換」という用語で説明されることが多い)。ウルシ科のヌルデに「五倍子」と呼ばれる大型の虫こぶを作るヌルデシロアブラムシは、ヌルデとチョウチンゴケを利用している。五倍子はかつてお歯黒やインクの原料とするために採取されていた。人との関わりの中で生物間の相互関係が重要な役割を果たしていた一例といえるだろう。
ヌルデの虫こぶ(五倍子)の内部にいるヌルデシロアブラムシの集団
・虫こぶハンドブック
昆虫などの寄生(形成者)により植物に作られる“こぶ”。その形態は植物や形成者によって実にさまざま。本書は、身近な植物に見られる126種類の虫こぶについて解説したユニークなフィールド図鑑。
・きのこの世界はなぞだらけ (生きもの好きの自然ガイドこのはNo.11)
きのこの分類や生態、生えている場所といった基本情報をわかりやすく紹介した一冊。見つけかたや観察のコツ、名前を調べるためのポイントだけでなく、巻末に「きのこに集まる虫」をたっぷり収録している。
Author Profile
津田 格
1970年生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。京都大学博士(農学)。岐阜県立森林文化アカデミー准教授。きのこなどの特用林産物や森林保護の授業を受け持つかたわら、里山保全や里山の希少藻類の分布調査などに取り組んでいる。
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