第6回 花粉の世界 〜花粉症から観察方法まで
スギの雄花(うっすら黄色いのは花粉)
「花粉症」という言葉は、冬から春にかけての風物詩とまでなってきたように思います。花粉症になると、1月後半から長い人で5月くらいまで鼻水や涙との戦いが続きます。毎年ニュースや天気予報でも花粉が大量に飛散する映像がよく放映され、その映像を見ているだけで鼻がムズムズしてくる方もいるでしょう。
花粉症は、すべての植物の花粉で発症するわけではなく、多くがスギ、ヒノキ、イネ科などの花粉です。これらの花粉の飛んだ数は日本では約60年前から数えられています。しかし、いまだに花粉飛散数を正確に予測できていないため、前年の夏~秋ぐらいにスギやヒノキの雄花の数を双眼鏡を覗いて数えておくことで、「来年は例年の何倍くらいです」という情報を出しています。近年は花粉を出さない無花粉スギや無花粉ヒノキの苗木が人工的に育てられ、山に植えられています。その苗の親木となる無花粉の樹は、開花時期に棒で樹を叩いて、たまたま花粉が出ない樹を探します。無花粉ヒノキは1万本くらいの樹を叩いて探し出したというエピソードもあるようです。
では、こんな悪役イメージの花粉はなぜ存在するのでしょうか?
花粉は植物が繁殖するために存在します。多くの植物は、有性繁殖(花粉が受粉して種子を形成すること)をしますが、ソテツ(Cycas epicycas)という植物が最初に花粉を用いて繁殖したと考えられており、およそ3億年~2億5000万年前の古生代後期から出現していたことが知られています。
そして、植物は風や水、昆虫などさまざまな方法によって花粉を雄しべから雌しべへと移動させます。このような花粉の移動を送粉といいます。筆者はこの送粉について研究しており、花の形と花を訪れる昆虫との関係を花粉を用いて明らかにしようとしています。送粉にはおもしろい植物の戦略が秘められているので、そのうちいくつかの方法をご紹介しましょう。
風媒
まずは風によって送粉させる方法(風媒)です。TVなどでもよく目にするスギやヒノキが風媒であることは有名ですね。じつは、スギは北海道には生えていません。そのため北海道での花粉症はスギ花粉ではなく、シラカバ(カバノキ科)が花粉症の原因になっています。風媒は、花粉を「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる作戦」で送粉しているため、大量の花粉を撒き散らします。そのため、多くの人が花粉症に悩まされることになるのです。
その他にもススキやハルガヤなどのイネ科植物も風媒です。私はイネ科花粉症なので、春から秋まで花粉症に悩まされています。
水媒
風での送粉があれば、水での送粉(水媒)もあります。意外かもしれませんが、植物の花は必ずしも陸上に咲くとは限らず、水中で花を咲かせる種類もいます。この水中の花は、水に花粉を流して送粉します。たとえばアマモという海藻は水中に花を咲かせますが、海水の流れに花粉を任せ、雌しべに花粉を届けます。しかし、水の流れではうまく花粉が届くかどうかわからないので、雌しべに引っかかりやすいように花粉は3㎜くらいの長さがあります。風媒の花粉はだいたい10μm(=1㎜の100分の1)くらいの大きさなので、これは花粉としてはとても大きい部類になります。
虫媒
昆虫によって送粉させる方法(虫媒)もあります。花に来る昆虫は、他の送粉方法に比べて次の移動先も花である可能性が高いため、風媒よりも効率的に送粉することができます。つまり、虫媒花は風媒花ほど「無駄な花粉」を生産する必要がなく、生産する花粉の数は少なくてすみます。そのためか、風媒花よりも虫媒花の種数はとても多く、世界の被子植物のうち87.5%の種類が昆虫や鳥に送粉を依存していると考えられています。
ところで、春になるとミツバチがナノハナやゲンゲ、シロツメクサの花に訪れ、花蜜(ハチミツ)を集めることはよく知られていますよね。
シロツメクサに訪れたミツバチ
もちろん、このときハチは花の蜜を集めているのですが、同時に、植物は花粉をミツバチの体に付着させ、雄しべから雌しべへと花粉を運んでもらっています。花粉を運ぶ昆虫はミツバチだけではなく、マルハナバチやクマバチ、ハエやハナアブ、チョウ、コウチュウと、さまざまな昆虫が花を訪れ花粉を運びます。ほかにもオオスズメバチやキイロスズメバチのような狩りをするハチ(カリバチ)も、ヤブガラシやアレチウリなどの植物の送粉を行ないます。また、ハエと聞くとあまり綺麗なイメージがないかもしれませんが、花に来ているハエは花の蜜や花粉を食べており、送粉においてとても重要な役割を果たしています。
花に訪れる昆虫たち(左上:トラマルハナバチ,右上:ヒゲナガハナバチ、左下:ハエ、右下:キアゲハ)
鳥媒
そのほかに、少し名前だけ出ましたが鳥による送粉(鳥媒)が珍しい花粉の媒介方法として挙げられます。鳥媒花の多くはハチドリの仲間(大きさが500円玉ほど、体重は最小で2gくらいの小型の鳥)が送粉すること多いですが、実は日本でも鳥媒花を見ることができます。冬にツバキは赤い花を咲かせますが、送粉は鳥が担っており、冬の間に餌が少ない鳥(メジロやヒヨドリ)が、ツバキの花蜜を取りに花に訪れます。さらに、鳥以外の大型の動物に送粉を依存している植物もいます。九州~台湾に生育するウジルカンダというマメ科の植物は、花の長さが7㎝前後になる大型の花を咲かせますが、九州ではニホンザル、沖縄ではコウモリやアカハラサンコウチョウという鳥、台湾ではハクビシンやリスが送粉することが知られています(※1)。このように、植物の生息地にどのような昆虫や動物が生息しているかによって、送粉する動植物が変化することが知られています。
※1 Kobayashi, Shun, et al. “Floral traits of mammal‐pollinated Mucuna macrocarpa (Fabaceae): Implications for generalist‐like pollination systems.” Ecology and evolution 8.16 (2018): 8607-8615.
これまで花粉の移動について解説してきましたが、そもそも植物組織(葉や茎・幹、根など)の中でも花粉はとても変わった存在です。花粉は非常に小さく肉眼で見えませんが、花粉の外側はスポロポレニンというとても硬い物質でできています。このスポロポレニンは物理的・化学的にとても強固で、強酸・強塩基でも溶けず、壊れにくくなっています。そのため、土壌中に堆積し、化石としてよく残っています。ジュラシックパークなどの古代の植物は、この地中の花粉化石や葉の化石から推定した植物からイメージされたものです。また、多くの花粉は透明または黄色をしています。黒色などの色だと紫外線によって花粉内部が熱くなってしまうからではないか考えられています。
また、さきほどいくつかの媒介方法を紹介しましたが、花粉の媒介方法と花粉の形態にはいくつかの関係があります。多くの方の花粉のイメージは黄色くて、丸くて、トゲトゲしているものだと思います。それでは、実際にはどれくらいの花粉はトゲトゲしているのでしょうか?
花粉イメージキャラクター(イラスト:Fujikage Ion)
スギ花粉も集まると黄色に見える
風媒花
風に飛ばす必要があるので、小さくサラサラと乾燥して飛びやすい構造になっています。多くの植物種の花粉1粒1粒は透明のように見えますが、まとまった時には黄色に見えます。
表面はトゲトゲではなく、風で飛散するときに空気抵抗が無いようにツルツルになっています。スギ花粉も小さく、球形でとても「凶暴な」花粉には見えません。一方、風で花粉を飛ばすにも関わらずマツの花粉はとても大きな形をしていますが、マツ花粉は風で飛びやすいように左右に空気袋が付属した形態になっています。
スギ花粉
アカマツ花粉
虫媒花
虫媒花の花粉は小さいのものから大きなものまでさまざまです。さらに、花粉は昆虫に付着させやすい形態をしている場合があります。それが花粉のトゲトゲです。じつはトゲトゲの花粉はあまり多くなく、キク科やカボチャなどのウリ科の一部、アオイやフヨウなどのアオイ科の一部に限られます。バラ科やマメ科は比較的ツルツルしています。
カボチャ(ウリ科)
フヨウ(アオイ科)
リンゴ(バラ科)
メマツヨイグサ(アカバナ科)
トゲトゲ以外にも昆虫へ付着しやすくする方法として、例えばアカバナ科のマツヨイグサの仲間は花粉自体を粘着性の糸に付着させることで、花粉がくっ付きやすく、さらに葯(やく:花粉の入った袋)から花粉がズルズルと引き出されるようにしてチョウの翅へと付着します。また、訪花昆虫があまり来ない植物種は、1度の訪花で十分な送粉がされるように工夫されています。例えばネムノキというマメ科の植物では、16粒の花粉が1つになった状態で送粉されます。受粉した花粉は同時に16本の花粉管を出して受精することができます。
ネムノキの花粉。合計16粒が集まって1つの花粉粒になっている
花粉にも寿命があります。花粉の生き死には「受精能力があるかどうか=花粉管を伸ばせるかどうか」で判断されます。死んだ花粉は花粉管を伸ばすことができません。
また、花粉の寿命は植物種によって異なります。例えば、イネ(コメ)の花粉は自家受粉をして自分の花粉で受粉するので、長時間生きている必要がありません。イネは花が咲く前につぼみの中で受粉をし、その後開花するため、寿命は15分程度です。逆に、風媒花は風によって漂う必要があり、いつ雌しべに到達するかわかりません。そのため、風媒花の花粉は1か月近く生きることが知られています。虫媒花の花粉は数日~1週間程度と考えられていますが、網羅的な調査が行われているわけではありません。
このように、植物の分類群や送粉方法によって、ある程度はそれぞれの植物の花粉の形態は似ていますが、花粉の形態的な意義や大きさがどのような進化プロセスを経てきたのかはまったく明らかになっていません。
花粉の大きさは小さいもので5μm、大きいもので3㎜までとても幅広いです。その中でも多くは20~40μmの大きさがほとんどのため、肉眼で見ることは困難です。顕微鏡を用意しましょう。最近はスマートフォンでなどで気軽に写真が撮れるものや、比較的安いものなど自由研究用に多くの商品が売られています。
そのほかに、事前に砂糖溶液を作っておくといいでしょう。水20mlに対して、コーヒーシュガー(3g)1本の割合で作ってください。砂糖は何でも構いません。これが花粉に対して等張の溶液になりますので、花粉が壊れにくくなります。水をそのまま使うと、花粉は破裂してしまいますし、アルコールを使うと脱色したり、花粉の壁と細胞が離れてしまったりします。
花粉の採取方法はとても簡単です。1つの葯の中には数百~数万粒の花粉が入っています。そのため、そのうちの数粒が採取できれば観察できます。スライドガラスの上に直接花を持ってきて花粉を落としてください。花粉に砂糖用液を1滴垂らして、カバーガラスをかけて観察してみてください。スライドガラスとカバーガラスはホームセンターや雑貨屋さんで入手可能です。また通販サイトでも気軽に入手することができます。
通常の市販されているスライドガラスとカバーガラス
スライドガラスを保存したい場合、数日でしたら、そのまま放置してください。砂糖用液が乾燥して自動的に封入されます。もう少し長期間保管したい場合は、カバーガラスの周辺をマニュキュアのトップコートで覆ってください。この時に、トップコートが花粉に付着しないように注意してください。トップコートに含まれるアセトンなどの有機溶媒が花粉を脱色してしまいます。数年間保管したい場合は、花(葯または花粉そのもの)をエッペンチューブ(理化学用品で、インターネットで入手可能,写真)や密封できるピルケースなどに入れ、口を開けたまま、タッパーにシリカゲル(乾燥剤)を入れたものに挿して1か月ほど放置します。花粉は乾燥させることで、常温で数年~10年程度保管することができます。ただし、花粉の受精能力は無くなってしまうので、死んだ花粉になります。
花粉保存のための容器(左:ピルケース、右:エッペンチューブ)
花粉の乾燥方法:タッパーにシリカゲル(青色)を入れ、花粉容器を開けたまま、タッパーの蓋を閉じて1か月ほど保存
ここまで、さまざまな花粉の話をしてきましたが、花粉を対象として観察すると明らかになることは何でしょうか?
現在、花粉研究の世界では、花粉の主要な研究は花粉化石で行なわれています。土をボーリングで掘り、土壌の年代測定をしたのちに、土の中に含まれる花粉を同定(種を明らかにしていくこと)していきます。これによって、過去から現在までの植生の変化や古気候を推定したりしています。この花粉化石のデータは地球温暖化予測にも使われています。
また、花粉は農業でも用いられていて、どのような昆虫がどれくらい作物の生産に寄与しているかを調べたりします。そのほかに、植物の進化や訪花昆虫との関わりを紐解くうえで、花粉は重要なキーになっています。
みなさんも、魅力的な花粉の世界に踏み入れてみませんか?
筆者おすすめ花粉
・アサガオ(入手難度が低い。観察しやすい)
・タンポポ(入手難度が低い。形態がおもしろい)
・ミョウガ(薬味で使うが、花の入手難度は比較的困難。形態がおもしろい)
・ツユクサ(入手難度は中程度。形態がおもしろい)
・ユリ(入手難度が低い。観察しやすい)
Author Profile
日下石 碧
農研機構 農業環境変動研究センター 生物多様性研究領域 所属。
1987年生まれ。博士(理学)。花粉を中心とした送粉生態学が専門。高山や草原、畑など様々な場所の送粉について研究している。子供のころから花粉大好き。
花粉写真が流れるTwitterアカウント:@pollenphoto_bot
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