一覧へ戻る

連載記事

Running Story

8/3 2020

あなたの知らない○○ワールド

第9回 介形虫の世界 ~殻に籠って5億年、ミクロサイズのサバイバー!

この写真がなんだかわかりますか? なんとこれ、ゴマつぶよりも小さな「介形虫(かいけいちゅう)」という甲殻類のなかまの生きものなんです。介形虫の研究者である新山颯大さんに、いったいどんな生物なのかを詳しく解説してもらいます。

介形虫の背甲のSEM写真(走査型電子顕微鏡を用いて筆者が撮影)。ポドコーパ亜綱の介形虫の背甲は非常に小さく、肉眼では砂粒にしか見えませんが、顕微鏡を覗いて観るその姿は実に多彩です。

「介形虫(Ostracoda)」という生物を知っていますか? その名前はもちろんのこと、実物を目にしたことがある方はほとんどいないのではないかと思います。それもそのはず、肉眼ではまともに観察することができないような小さな生物だからです。この記事では、そんな介形虫の魅力をお伝えしたいと思います。
 
介形虫(カイケイチュウ)には、介形類(カイケイルイ)、貝形虫(カイケイチュウ)、貝虫(カイムシ)、カイミジンコなどのさまざまな名称があります。この記事の中では混乱を避けるため、介形虫を用います。

介形虫は何の仲間?―ゴマより小さい甲殻類―

簡単に言えば甲殻類のひとつですが、その大きさはゴマより小さいものがほとんどです。詳しく言えば、節足動物門・甲殻亜門・貧甲(オリゴストラカ)上綱・介形虫綱に分類され、魚の皮膚に寄生するチョウ(ウオジラミ)と近縁な生物とされています。形や大きさがミジンコに近いことからカイミジンコとも呼ばれますが、ミジンコとは分類学上かなり離れています。
 
介形虫綱はミオドコーパ亜綱、ポドコーパ亜綱の2つの大きなグループに分けられます。夜の海辺で青い光を放つウミホタルは、ミオドコーパ亜綱の代表格です。ミオドコーパ亜綱は、一般に肉眼でもはっきり見えるものが多く、大きいものでは30mmほどになります。いっぽう、ポドコーパ亜綱は多くの種で0.5mm〜1.5mm程度の大きさです。本記事内では化石にも残りやすいポドコーパ亜綱の介形虫について紹介します(以下、「介形虫」は基本的にポドコーパ亜綱の介形虫を指します)。

身近な物と介形虫の大きさを比べてみました。介形虫の大まかな大きさはシャープペンシルの芯(0.5mm)の太さぐらいです。

特徴的なかたち―二枚の背甲(はいこう)―

介形虫の形として最も目を引く特徴は、左右2枚の背甲(はいこう)を持っているという点です。この背甲は、他の甲殻類に見られるような1枚の背甲が、左右2つに分かれ、やがて鎧のように体全体を収容するようなかたちに進化したものであると考えられています。背甲の形は側面から見て卵型から四角形に近いものなど、ひとことでは表せないような多様なかたちをしています。また、背甲の表面装飾も多様で、滑らかなものから網目状の装飾が発達するもの、トゲを持つものなど多岐にわたります。

背甲の外側表面をさまざまな方向から見た図。

背甲は主に炭酸カルシウム(CaCO3)で構成されており(厳密に言えば、低マグネシウムカルサイト)、化石化しやすい構造を持っています。この特長によって、背甲の化石が地層中に保存されるため、節足動物の中でも最も化石記録が豊富な生物となっています。介形虫の研究者に少なからず古生物学者がいるのは、このような理由からです。

介形虫の体の構造

「甲殻類」と言われるとエビやカニのような生き物を思い浮かべることが多いかと思います。しかし、介形虫の体のつくりは甲殻類の中でも一風変わっています。形態に基づく定義としては、「成体で8対以下のそれぞれ明瞭に異なる形態の付属肢および交尾器と尾叉(furca)を持ち、それらが成長線のない二枚の殻に完全に包まれる体制をとる節足動物」と表すことができます。定義の通り体の構造は複雑で、なかなか簡単にはイメージできないかもしれませんが、二枚貝の「身」の部分を節足動物の体(介形虫の体のつくりの中では「軟体部」と呼びます)と取り換えたようなものだとイメージしていただければいいかと思います。体の構造についての詳細な内容は後半をご参照ください。

Loxoconcha cotoensisの軟体部の模式図(Niiyama et al., 2019を基に作成)。上図は生きている状態の本種をそのまま見た図で、下図は左側の背甲だけを取り除いた図になっています。青色の部分が背甲で、緑色の部分が軟体部です。

左:生体標本、右:解剖により背甲と軟体部を分離した様子(Xestoleberis hanaii)。生きているままの状態では、軟体部の形態を観察することは困難です。研究の際は微細な針を使って解剖し、付属肢の形態を確認します。

介形虫は何種類? いつからいるの?

介形虫の化石は、古くは古生代オルドビス紀の初頭(4億8,500万年前)から発見されていて、現在に至るまであまりその姿を変えていない生きた化石と言える存在です。これまで化石種・現生種合わせて65,000種以上が記載されていて、そのうちポドコーパ亜綱の現生種は7,000種以上とされています。介形虫の分類学的研究はまだ不十分なので、この数字は年々増えていくことでしょう。

介形虫はどこに住んでいるの?―生活の場と機能形態―

介形虫の生活している場所は、簡単に言ってしまうと水のある場所です。海洋においては浅海から深海までさまざまな環境がありますが、介形虫は河川が流入するような汽水域から水深約9,000mの深海で確認されており、砂浜の粒子の間(間隙水)での生活に適応したグループや、メタン湧水の噴出口に生活するグループも確認されています。また、海洋だけにとどまらず、湖や河川のような淡水、地下水などの陸水域で生活するグループも数多く存在します。更に、ごく一部は腐葉土中にも進出し、上陸したものもいます。

海域における介形虫の微視的な生活環境の模式図(Kamiya, 1988; Ward, 2000を基に作成)。

海に生息する介形虫について、更に小さなスケールで生息場所を見ると、多くの種は砂や泥などの堆積物上や、その上に薄く存在するフロッキュレント層(厚さ0〜10mm)の中で生活しています。このフロッキュレント層は、水の「濁り」の元である懸濁物(けんだくぶつ)で構成されていて、介形虫はこうした場所でデトリタス(生物由来の有機物粒子)を食べていると考えられています。このように、堆積物の表面に生息する種(以後、これらの種を底生種とよびます)は、真正面、もしくは真後ろから見た背甲のアウトラインが、三角形〜四角形、もしくは円形となっています。浮遊生活を送らず、水底を移動するだけの底生種にとっては、安定して歩行できる形態となっています。底生種の多くはオスとメスが腹側同士を合わせ、横向きになった状態で交尾を行います。

底生種(Cytheromorpha acupunctata)の生活場を模式化した図(池谷・塩崎、1993を基に作成)。底生種の多くは、濃い茶色で示したフロッキュレント層という環境の中で生活しています。

また、一部の介形虫は、海藻(草)や石灰藻などの藻場で、藻(草)体にしがみついて生活しています(以後、これらの種を葉上性種とします)。こうした葉上性種の歩脚肢は、葉にしがみつくために先端の肢節が湾曲した形態となっている場合が多いです。また、背甲の腹側のアウトラインを前後方向から見ると先細りしており、ラグビーボール型に近い形態を示します。この形態は、葉上性種のオスとメスが互いに殻を斜めに向けた状態の交尾姿勢を保つことができるようになっており、交尾の度に葉上から落下するという不都合な状況を回避できる形態となっています。

底生種と葉上性種の形態、および交尾姿勢の比較図(Kamiya, 1988を基に作成)。実際にはそれぞれ背甲が少し開いた状態で、オスが交尾器を体外に出しています。

詳しくは後半で説明しますが、介形虫のオスの交尾器は非常に大きく、軟体部全体の1/31/2ほどの大きさになります。石灰質の殻といういわば大きな鎧をまとったオスがメスと交尾するには、外に突出させられるほど交尾器を大きくする必要があることがわかると思います。

底生種、葉上性種に加えて、堆積物の間隙を満たす間隙水中に生息する介形虫も存在します(以後、これらの種を間隙性種とします)。間隙性種の多くは底生種と比べて体サイズがずっと小さい(約0.3mm)ものが多く、殻の外側表面には装飾が発達せず、平滑なものが多いなど、限定された空間の移動に適した形態が特徴的です。間隙性種の記載は近年始まったばかりで、その生態等は未だに不明な点が多いグループです。

背甲の雌雄差―最古の“オス化石”―

雌雄異体の生物化石は、雌雄差(性的二形)が顕著でないものがほとんどです。しかし、介形虫はオスの交尾器が大きいため、軟体部全体を収容する背甲にも明瞭な雌雄差が出ます。この特徴を持つことから、数少ない性的二形を識別できる古生物として知られています。化石として保存される背甲にこの特徴が顕れることから、介形虫の化石は最古のオス動物化石として知られており、有性生殖を行う生物の進化の研究において関心を集めてきました。日本では最も古いものでシルル紀(4億3000万年前)の地層からオス・メスの介形虫化石が発見されており、「日本最古のカップル」として報告されています。

性的二形をしめす介形虫の背甲を側面から見たところ。矢印は前方を示す(田中源吾博士提供)。

成長過程と生活様式

甲殻類の中には、エビやカニなど成長段階の中で大きく形態が変化(変態)する仲間がいますが、介形虫の基本的な体の構造は、幼体から成体まで大きな変化はありません。介形虫は、成体になるまで7〜8回脱皮を繰り返して成長し、脱皮の際に何度か後方の付属肢が増えていきます。成体になる前の最後の脱皮が終わると交尾器の発達と背甲の装飾の発達が完了し、種ごとの形態の特徴が明瞭になります。成長段階は、成体(Adult)から順に幼いものをA-1、A-2、A-3…という形で表記します。
 
多くの底生生物(二枚貝綱、腹足綱など)は幼生期に浮遊生活を送ります。しかし、孵化してから変態しない介形虫は、一生底生生活を送ります。介形虫自体の体サイズが小さいことに加え、寿命は長くても1年ほどであることから、底生種の分散能力は他の底生生物に比べて非常に低いものと考えられます。特に浅海域に生息する底生種にとっては、陸地や海に流れ込む河川はもちろんのこと、深海も分散の障害となるため、地域固有性が高くなっています。一方、葉上性種は流れ藻にしがみつき、海流によって受動的に分散するため、短い期間で広い範囲に移動できると考えられています。

Loxoconcha japonica の成長段階ごとの背甲(すべて左殻)

淡水生介形虫の特徴

これまでは主に海生介形虫について述べてきましたが、淡水生の介形虫は大きく異なる生態を持っています。有性生殖のみで繁殖する海生介形虫と異なり、単為生殖によりメスだけで子孫(クローン)を増やす種が確認されています。加えてその卵は乾燥に耐えられるため、風で運ばれたり、水場に来た鳥に付着して分散することも可能で、個々の種の分布範囲が極めて広いという特徴があります。何らかの形で卵が水場に到達すれば孵化するため、他の生物がいない一時的にできた水たまりでもその姿を見かけることがあります。
 
淡水生介形虫の多くを占めるCypridoidea上科というグループに含まれる介形虫の一部は、みずからの体長の10倍近くにもなる非常に長い精子を持っていることが知られています。この長い精子を射出するため、体内にゼンカー氏器官(Zenkar’s organ)という器官を持ちます。この器官がポンプのように働いて長い精子を送り出します。少なくとも1億年前の化石からもこの器官が確認されており、巨大精子の獲得が長きにわたって介形虫の進化戦略として活用されてきたと考えられています。

淡水生介形虫の一例(左:Notodromas trulla、右:Vestalenula cornelia)。

介形虫の詳細な体の構造

ここからはやや難しい内容になりますが、介形虫の体の構造をより細かく見ていこうと思います。背甲を内側から観察しますと、二枚貝と同じように左右非対称の蝶番や、殻を閉じる際に働く閉殻筋(二枚貝では「貝柱」にあたる部分)の付着する部分である閉殻筋痕を持ちます。ここで、アサリやハマグリのような二枚貝の殻を思い出してみてください。その殻の表面には、しましまの同心円状の溝(成長線)があると思います。これに対して、介形虫の背甲は脱皮によって大きくなっていくため、同心円状の成長線は発達しません。背甲を外側から観察しますと、感覚子孔(穴)が多数並び、それぞれの孔から感覚子(感覚毛)が出ています。感覚子孔の数や位置は分類群ごとに安定しており、化石種でも確認できるため、種の同定や系統関係の推定にも用いられています。背甲の前部には、眼瘤(がんりゅう)と呼ばれる膨らみを持つ種がいます。この眼瘤は、光を受容する際のレンズの役割を果たしており、深海性の種や間隙性種では退化しているものもいます。

一見すると二枚貝のような背甲ですが、その形質のもつ生物学的な意味合いは似て非なるものであることがわかります。

この背甲は軟体部全体を収容して固く閉じることで、外敵に対する防御に役立つと考えられます(捕食者には丸ごと食べられたり、殻に穴を開けられて軟体部を食べられたりする場合がありますが…)。

背甲の中の構造―付属肢の種類とその機能―

Loxoconcha cotoensisの軟体部の模式図(Niiyama et al., 2019を基に作成)。

節足動物である介形虫の軟体部の主な構成要素は、キチン質の外骨格からなる数個の節でできた付属肢です。関節肢の数は7〜8対(14〜16本)あり、大まかな特徴や機能は以下のとおりです。
 
・第一触角
複数の感覚毛を備えており、運動器官(歩行、遊泳など)や、感覚器官(触覚や化学物質などの受容)として用いられます。
 
・第二触角
おもに歩行や穴掘り、堆積物や海藻(草)に登る際に用いられます。そのため、先端部の爪は頑丈な構造をしています。介形虫の一部には歩行時に糸を出すものがおり、この第二触角に糸を出す器官である出糸突起を持っています。
 
・大顎・小顎
主に食物の咀嚼に用いられます。小顎には振動板という器官を持っており、食物を含む水を背甲の内側へ供給する、背甲内部の水の循環(すなわち酸素の循環)を良くするといった機能を持ちます(介形虫は心臓がなく血液による酸素循環をおこなっていないため、体の表面全体の細胞が直接酸素を取り入れています)。
 
・第5〜第7肢
おもに歩行に用いられ歩脚肢ともよばれます。第7肢は後述の淡水生介形虫の場合、背甲の掃除を行う付属肢となっています。
 
・交尾器
付属肢の後端に位置する器官で、付属肢と同様に左右一対となっています。この交尾器はオスでは軟体部の中で最も大きい部分であり、軟体部全体の1/3~1/2ほどの大きさとなります。尾叉は肛門の前の腹側に位置していて、尾肢として認識されている場合もあります。
 
・体節(頭部・胸部・腹部などの境目)
エビやカニに見られるような体節の境界はあいまいで、他の甲殻類との体の構造を比較するのは困難です。原始的なグループに限り体節構造が観察されます。

介形虫を探してみよう!

とは言うものの、探すのは結構大変です。とにかく小さいので、水中(特に海)で見つけて捕まえることは不可能に近いです。基本的には堆積物上か藻場にいるので、砂や海藻(草)を採取し、室内に持ち帰った後に顕微鏡で探すのが一番現実的です。しかし、堆積物から見つけようとすると、介形虫と同じぐらいの粒子が多くてかなり大変です。まずは海藻(草)、石灰藻を少し取ってきて見るのが一番探しやすいかと思います。実体顕微鏡が無いと介形虫を探すことは大変困難なので、見てみたい方はまず実体顕微鏡がある環境を整えてみてください。筆者は肉眼で砂の中から介形虫を探そうとしましたが、1mmぐらいの大型の種でないと見つけられません…

研究の際は、このような風景で堆積物中の介形虫を探しています(1つの堆積物試料からおよそ200個体見つけるまで探し続けます)。

終わりに

介形虫は人との関わりはほとんどなく、なかなか注目を浴びることのない生物です。そんな介形虫ですが、形態や生態は独特なものが多く、研究対象としている身からしても“変な”生物だと思います。もし興味があれば、およそ5億年もの間、ひっそりと生きてきたこの生き物たちを探してみてください。この記事が介形虫のことを知るきっかけになってくれれば幸いです。

Author Profile

新山 颯大

幼少期より生物・古生物に興味を持ち、鹿児島大学理学部地球環境科学科に入学してからは全国各地の化石発掘調査に参加。学部3年の時に出会った介形虫に興味を持ち、修士課程(熊本大学大学院自然科学研究科)から西太平洋域の現生介形虫の分類学的研究、生物地理学的な研究に従事している。
金沢大学大学院自然科学研究科 博士後期課程在学中。
 
Twitterアカウント:
https://twitter.com/S_niiyama_Ostra
 
個人HP:
https://newmountain555.wixsite.com/mysite

Back Number あなたの知らない○○ワールド

このページの上に戻る
  • instagram