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Running Story

11/24 2020

出没! 都市と野生動物

なぜアライグマは里山の脅威になったのか?

ここ数年、里山の動物たちが人間の生活圏にも現れたというニュースをよく目にします。イノシシやシカ、クマが大都市近郊の住宅地に出没し、東京都心ですら白昼にタヌキやアライグマ、ハクビシンが現れて、大きく報道されることも珍しくありません。何か動物たちに異変が起こっているのでしょうか。
 
なぜ動物が里山から都市にやってくるのか、種類別に考えてみたいと思います。

捕獲されたアライグマ

アライグマは「特定外来生物」 〜日本にいてはいけない動物

シリーズの最後にとりあげるのは、ニュースやインターネットでも話題になることが多いアライグマです。
 
2018年10月には東京都心の港区赤坂に現れ、多くの警官が出動しての大捕り物の場面がくり返しニュースで流されたのを、ご記憶の方も少なくないでしょう。さらにネット上では「殺処分をしないで山に返してほしい」という署名運動まで呼びかけられ、100名以上が賛同したと伝えられています。
 
このアライグマがどうなったかは報道されていなかったようですが、法律に則って扱われたのであれば、おそらく殺処分されたと考えられます。なぜなら彼らは外来生物法に基づく「特定外来生物」に指定されて防除の対象になっており、許可がなければ飼うことはもちろん、生きたままの保管や運搬、捕獲したものを再び野外に放つこともできないからです。違反すると3年以下の懲役や300万円以下の罰金まで課せられる、非常に厳しい規制がかけられているのです。

殺処分用の器具

また、アライグマは狂犬病やアライグマ回虫といった重大な感染症の他にも、日本脳炎ウイルスやカンピロバクター、サルモネラ細菌をもつものもあり、動物園が安全の保証もない野生のものを簡単に受け入れてはくれません。
つまりアライグマは、人間の管理下にない限り日本にいてはいけない動物なのです。

アライグマはどんな生物?

もともとアライグマは、カナダ南部から中央アメリカまで生息している食肉目アライグマ科の中型哺乳類。体長は40〜60cmで太って見え、冬毛のタヌキとよく見間違えられますが、尾に白黒のしま模様があることと、顔の黒い模様が白く縁取られ眉間にも黒い筋があることで見分けられます。最も特徴的なのは足跡で、ネコに似た肉球があるタヌキと違い、人間のように5本指がはっきり目立ちます。

アライグマの足跡

5本の指が特徴的

雑食性なので、果実などのほか、ネズミなどの哺乳類、カエルやカメといった両生爬虫類、野鳥やその卵、ザリガニ、昆虫、貝に至るまで、さまざまな小動物をエサにします。原産地ではウミガメの卵を掘って食べることもあるほど。在来種のタヌキに比べると手先は器用で、水中に手を突っ込んで獲物を探り当てつかみ取ることや、木に登るのも得意とします。
 
忙しなく動き回ったり、後ろ足だけで立ちあがる動作にはあいきょうがあって、原産地ではペットとしても人気がありました。日本人がそのかわいさの虜になったのは1970代。少年が飼うアライグマとの交流を描いたアメリカ人作家の小説を原作にしたアニメーションが話題を呼び、爆発的なブームとなったのです。当然、ペットとして求める人も急増して、最盛期には年間約1500頭ものアライグマが輸入されていたといわれています。
 
しかし、もともとは犬や猫のように人間に慣れるように品種改良されてきたわけではない野生動物。成長すると気の荒くなる個体もいるため、もて余して放してしまう飼い主も少なくなかったようです。安易な飼育を戒める本まで出版されるほどでした。さらに飼育施設から逃げ出した例もあります。
 
アライグマはタヌキと同様に環境への適応力が高く、建物などにも棲みつくことができるうえ、一度に3〜4頭の子を産みます。こうした習性のおかげで急速に分布を広げ、現在では沖縄を除く全ての都道府県で確認されるほどになりました。

アライグマによる人間への被害

アライグマによる被害が最初に確認されたのは農業でしょう。1990年代の始め頃から、北海道や関西を中心に、スイカ、メロン、ブドウなどがたびたび食い荒らされるようになり、被害額は2016年度の段階ですでに全国で約3億4000万円。農水省も農家向けに対策マニュアルを配布しているほどです。
また、家屋に侵入してねぐらとすることもあるため、糞尿で貴重な文化財が被害を受けたことも大きく報道されました。

アライグマの生息環境。人との距離が近いことがうかがえる

日本の生物への被害 〜トウキョウサンショウウオの例

しかしアライグマが、実は日本の生物にとっても、大きな脅威になることに気づくまでには、しばらく時間がかかりました。その一つの例がトウキョウサンショウウオです。群馬県を除く関東地方と福島県の一部に分布する体長10cmほどの小型の種類で、丘陵地帯の雑木林の林床に暮らし、産卵期には谷戸田や水たまりなどに集まって卵嚢を産みます。
 

トウキョウサンショウウオ

いわゆる里山的な環境を代表する生物ですが、生息環境の減少や荒廃が進んだため、環境省のレッドデータブックでは絶滅危惧II類として掲載。なかでも神奈川県三浦半島の個体群は、他の産地から孤立しているうえに生息環境の減少が著しく、強い危機感を持って保全活動が行われていました。
 
ところが1990年代の末頃から、何者かに捕食されたと思われる個体や卵嚢が急増。調査してみると、近隣の鎌倉市などで増加していたアライグマによるものと判明したのです。対策は動物愛護家の反対などもあって難航したものの、2006年度からは県による本格的な捕獲駆除がスタートしています。
 
しかしアライグマの被害は次第に周辺の都県にも広がり、2008年には埼玉県、2010年には東京都でも多くの食害が確認されました。なかでも20年以上にわたって卵嚢のカウント調査を行なっていた東京都の生息地では、アライグマの侵入が確認された年だけで30%もの減少が見られたほど。彼らによる食害は、獲物の一部だけを食いちぎって放置するため、一時は谷戸田のあちこちに何十というアカガエル類やトウキョウサンショウウオの死体が散らばるといった凄惨な光景が見られ、大きなショックを受けた調査員は少なくありません。
 
幸い、こうした深刻な状況に対しての対処は早く、翌々年には都、地元自治体、管理委託業者、保全団体が協働して対策会議が立ち上げられ、定期的な調査とアライグマ捕獲駆除の体制をとることができました。また、地元自治体では猟友会と市民が連携した捕獲チームを結成したり、専属のレインジャーを置いて常に現状を把握する他、被害にあった市民にはワナの貸し出しと捕獲したアライグマの回収・処分も行なっています。

アライグマ用の罠を設置する様子

これらの徹底した対策が功を奏して、この地域での大きな被害は現在でも抑えられているようです。アライグマの生態系への影響を防ぐには、いかに素早い初動の対策が重要であるか、この例からも理解できるでしょう。
 
しかし日本の生物への影響はサンショウウオだけに限りません。北海道ではアオサギの集団営巣地が木登りも得意なアライグマの食害で放棄されたり、各地で手足やを食いちぎられたニホンイシガメが見つかったりと、被害は急速に広がっています。

アライグマに食害されたトウキョウサンショウウオ(撮影 佐久間聡)

アライグマに食害されたアカガエル類(撮影 佐久間聡)

アライグマの歯

郊外に捨てられたアライグマが原因?

こうしたアライグマの被害拡散を招いた原因は、ペットの飼育管理についての人々の意識が、あまりにも低いことがあげられます。例えば、東京多摩地域でのアライグマの被害は、すでにタヌキが進出していた武蔵野の台地でもなく、シカの住むような山間地でもなく、中間の丘陵地から突然のように広がり始めました。現在でも捕獲や目撃はこうした地域に集中しており、2018年度に都内で捕獲された584頭のうち、80%以上が丘陵地を中心にした記録。一方、山地や都市部では一割以下で、ゼロの地域も少なくないほどです。さらに丘陵地での被害も各地で同時に起こったのではなく、複数の特定の地域から年を追うにしたがって周辺へと広がっています。
 
このことから推理されるのは、丘陵地の特定の場所にアライグマが持ち込まれて放棄されたのではないかという疑惑です。アライグマ飼育ブームが起きた1970〜80年代、その販売や飼育が盛んだったのは、ペットショップや動物愛好家が多い都市部でしょう。こうしたアライグマがもて余され、その場で放されたのであれば、被害は都心から郊外へと広がっていったと考えるのが合理的ですが、実態はその逆です。
 
アニメーションでは、ペットのアライグマが近隣の農家に被害を与えたため、対処しなければ駆除すると言い渡された少年が、戻ってこられないように川の対岸までボートで放しにいくというラストシーンが描かれています。都心に住んでいて扱いきれなくなったアライグマの飼い主が、物語と同じように自然に返してやればいいだろう思いつき、アクセスの良い郊外まで車で運んで放したことは、十分考えられるのではないでしょうか。

「罪はないが害はある」外来種

こうしたペット管理への意識の低さは、最近になって話題になることの多いノネコ問題と共通のものがあると考えられます。日本では在来のイリオモテヤマネコとツシマヤマネコ以外のネコはれっきとした外来種。「カワイイ」という衝動だけで安易に入手し、飼育条件が変わったら不妊化手術もせずに放棄したり、動物愛護のつもりで餌を与えて野良ネコが無制限に繁殖し、近隣に糞の害などで迷惑をかけたり、野生動物を捕らえて生態系に大きな被害を与えているといった構図は、アライグマの場合とそっくりです。
 
もちろんアライグマやネコといった動物自身に罪はありません。しかし害を受ける生物を放置するわけにはいきません。その場所の生態系の中に居場所を与えることができない「罪はないが害はある」外来種を、駆除という手段も含めて管理下に置くことは、動物の意思とは関係なく移入した人間の責任ではないでしょうか。

Author Profile

川上 洋一

東京都新宿出身。生物多様性デザイナー&ライター。トウキョウサンショウウオ研究会事務局。東京都西部の里山での生物調査・保全活動に取り組むとともに、江戸から東京への自然環境や生物相の変化について、著述やテレビ番組、講演などで紹介。「工房うむき」として生物をモチーフにした陶器や手ぬぐいをデザイン。著書に「東京いきもの散歩~江戸から受け継ぐ自然を探しに~」(早川書房)など多数。 

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