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6/13 2018 New!

にっぽん酒紀行

第4回 お酒と自然史──養老の水は酒に変じ、談尽きれば瓶の酒は水に変ず

お酒は植物の稔りと微生物の力のたまもの。
それは、各地の気候、風土に寄り添ってきた人々のなりわいを背景に、土地土地の銘酒に育ちました。きき酒師にして植物学者、『酒米ハンドブック』の著者副島顕子さんが、人と自然の申し子・銘酒のふるさとを旅します。
 
第4回は、今年初めに酒どころ・兵庫県で開催された、文化と自然のかかわりに注目した異色の企画展を紹介。
 
 

土間と座敷がある薄暗い空間だった。すべての建具が開け放たれて1月の冷たい外気が流れ込み、ところどころに当てられたスポットライトに酒瓶と熊や狐、鷹などの剥製が浮かび上がっている。

兵庫県最古の町屋、国の重要文化財である「旧岡田家住宅」を会場に行われた「日本酒の自然史」の展示。奥座敷には入れないが、順路にフィールドスコープが設置され、バードウォッチングの趣(写真提供 兵庫県立人と自然の博物館)

今年の1月に、兵庫県伊丹市の古民家で開催された展示会の会場だ。国内各地の8つの自然史博物館連携の企画のひとつで、歴史的建造物のもつ空間の趣と自然史標本のもつ美しさを融合させ、日本の自然の魅力と価値をより効果的に伝える展示手法を模索する試みなのだという。
今回の展示は兵庫県立人と自然の博物館による「日本酒の自然誌 Where culture meets nature 〜日本文化を育んだ自然〜」というものだ。日本酒という文化と自然のかかわりに焦点をあてた企画で、地下水の濾過(ろか)実験装置やイネの系統についてなど、自然史的な展示も充実しているが、お酒の展示が実に振るっていたのだ。
「日本酒のラベルには地域に根ざした自然が象徴的に描かれている」ということで、生き物にちなんだ銘柄、ラベルの日本酒が約100種類、標本とともに展示された。
 
標本は哺乳類や鳥類などの剥製(はくせい)だけではない。セミやムカデなどの節足動物は樹脂包埋(ほうまい)標本、ヤモリやナマズなどは液浸(えきしん)標本、クジラは堂々たる骨格標本だ。アンモナイトや魚竜の化石標本、水晶やラピスラズリなどの鉱物の標本まで駆使できるのはさすが自然史博物館のバックヤードの底力。
昨今の日本酒事情を考えると外すわけにいかないのは獺だ。残念ながら主催館の収蔵庫にはなくて、愛媛の博物館に借りに行ったのだそうだ。しかし酒名を重視するなら石の上に魚を並べて見せて欲しかった。

ナガスクジラの骨格標本と、クジラの名を冠すお酒たち。酔鯨 純米吟醸 高育54号(高知県、酔鯨酒造)と鯨正宗(岡山県、平喜酒造)、鯨波(岐阜県、恵那酒造)など。(写真提供 兵庫県立人と自然の博物館)

菊石はアンモナイトの化石のこと。アンモナイトと硬派なラベルの菊石(愛知県、浦野合資会社) (写真提供 兵庫県立人と自然の博物館)

ポルチーニ茸の名で西洋料理でも珍重されるアミガサタケのなかま、トガリアミガサタケは樹脂包埋標本で展示。お酒は諏訪泉 山廃純米酒(鳥取県、諏訪酒造)と三井の寿 ひやおろし 秋吟醸 ポルチーニ(福岡県、みいの寿)。三井の寿はストレートに「ポルチーニ」。諏訪泉はラベルにひっそりきのこが。(写真提供 兵庫県立人と自然の博物館)

動物や鉱物ばかりでなく、もちろん植物の腊葉(さくよう)標本も。ソメイヨシノには、出羽桜 花室(山形県、出羽桜酒造)。(写真提供 兵庫県立人と自然の博物館)

鳥の名前をもつお酒は意外と多い。雷鳥や鸛(こうのとり)くらいでは驚かないが、床の間に直立する大きなペンギンにはのけぞった。ペンギンラベルのお酒3種類とともにコウテイペンギンがライトアップされていたのだ。漢字では人鳥と書くらしい。他方では来場者が立ち入ることのできない奥座敷に配置された展示品の鑑賞用にフィールドスコープが用意され、閲覧者が自分で操作して鳥たちにピントを合わせている。
 
意表をつく展示にそそられて、標本にならない生き物の銘柄を思い浮かべてみる。鳳凰(ほうおう)や龍の実物展示は不可能だ。龍はもしかしたらタツノオトシゴで代用できるかもしれない。河童(かっぱ)は確か佐賀の酒蔵にミイラがあったはず。ハマグリで蜃気楼というのはどうだろう。三連星にはガンダムファンが黙ってないだろう。杜氏さんの名前のお酒もあるけど実物の展示はできない。などと、とりとめもない連想にふけってしまうが、要するにお酒のことを考えるのは楽しいというだけのことである。

「はずすわけにはいかない」ニホンカワウソ。もちろん、お酒は獺祭(山口県、旭酒造)。石に魚を並べるも、書物の虫干しも、よろしいかと。(写真提供 兵庫県立人と自然の博物館)

結果として2週間の会期中の来場者は4100人を超えた。これはこの季節のイベントとしては異例の盛況であるという。お酒には集客力があるのだ。さて、多くの来場者が気にしていたという酒瓶の中身だが、展示されていたのはすべて本物のお酒であった。さすがにイベント予算で購入するわけにはいかず、すべて主催者らが自腹で購入したという。会期中のセミナーなどの打ち上げのたびに中身が少しずつ水に入れ替わっていたというのは内緒の話である。
 

Author Profile

副島 顕子

熊本大学大学院先端科学研究部教授。
専門は植物系統分類学。国内外で植物採集をおこない、研究室では分子生物学的な研究をしている。趣味で日本酒指導師範、唎酒師、スピリッツアドバイザー、焼酎唎酒師の資格を取得。『酒米ハンドブック』(文一総合出版)著者。

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