一覧へ戻る

連載記事

Running Story

4/25 2018

にっぽん酒紀行

第1回 砺波平野の散居村──「立山」「成政」「若鶴」の故郷

お酒は植物の稔りと微生物の力のたまもの。

それは,各地の気候,風土に寄り添ってきた人々のなりわいを背景に,土地土地の銘酒に育ちました。きき酒師にして植物学者,『酒米ハンドブック』の著者副島顕子さんが,人と自然の申し子・銘酒のふるさとを旅します。第1回は,福井県を走るJR城端線の眺望と,端正な日本酒をどうぞ。
 
都会生まれの都会育ちである。高度経済成長期の象徴のような団地が立ち並ぶ大阪のニュータウンで子供時代を過ごしたので、自然は身近にあるものではなく、いつも憧れの対象だった。幼少の頃から植物が好きだったと親は言うけれど、今思うとセイヨウタンポポやカタバミ、ヒメジョオンのような帰化植物の花しか身の回りで見た記憶がない。だから富山にある母の実家に帰省して夏休みの数週間を過ごすのはなによりの楽しみだった。それは城端(じょうはな)という山の麓の小さな町で、家の裏手には川が流れていた。神社の木立や田んぼの水路もみんな子供の遊び場で、毎日捕虫網と虫かごを手に走り回ったものだ。アブラゼミはかご一杯取れるのに、ミンミンゼミはひと夏に数匹しか取れない貴重品だったことなど、今もはっきりと覚えている。

その城端は高岡を起点とするローカル線の終着駅である。山に向かってまっすぐに走る線路は単線で起伏がほとんどない。

富山県・砺波平野とJR城端線の位置図

車窓の景色はどこまでも続く水田で、夏は青々とした葉先が陽の光を弾き、秋には金色の稲穂が風に揺れる。水田の中にぽつりぽつりと屋敷森に囲まれた民家が点在するのは散居村(さんきょそん)と呼ばれる砺波(となみ)平野に特有の光景だ。孤立する民家を囲んで植えられる杉や柿、栗などの樹木は、防風林となるだけでなく、燃料や果樹としての役割も果たしている。

散居村の風景。(提供:となみ散居村ミュージアム『水の星』)

富山県は耕作地に占める水田の割合が96%という米どころであるが、富山平野の南西の端にあるこの砺波平野は特に酒米の産地としてその名が高い。「五百万石(ごひゃくまんごく)」を筆頭に「山田錦(やまだにしき)」「雄山錦(おやまにしき)」といった酒造好適米が栽培され、その栽培面積は稲作全体の約4割を占めるという。中でも砺波平野の大部分を占める南砺市の「五百万石」は質の良いことで知られ、全国の酒蔵が使用する人気米なのだそうだ。
 

砺波平野の水田の風景(提供:となみ散居村ミュージアム『水に映える』)

子供の頃は知る由もなかったが、当然のごとく砺波平野には多くの酒蔵が存在する。地酒ブームの最も初期から全国に名を知られた砺波市の「立山(たてやま)」は地元でも特別なお酒で、一人暮らしをしていた学生時代に親戚がよく送ってくれた。日本酒といえば宴会で出される甘いベタつくお酒が主流であった当時、上品ですっきりした「立山」はじつに魅力的なお酒だった。南砺(なんと)市福光(ふくみつ)の「成政(なりまさ)」は会員の積立金で限定酒を作って配布する酒蔵トラスト発祥の蔵として知られている。どこで飲ませてもらったのか忘れたが、その頃流行していた淡麗辛口のお酒と違って、存在感のある味わいが印象的な大吟醸だった。しっかりした旨味とキレの良さが同居するお酒に惹かれて訪れたのは砺波市の「若鶴(わかつる)」。もう10年以上昔の節分の頃のこと、古いお蔵の背景は銀世界の雪原で、遠く近くに少し心細く、でもしっかり温かく民家を守る屋敷森が見えていた。

Credit  文:副島 顕子 写真:となみ散居村ミュージアム

Author Profile

副島 顕子

熊本大学大学院先端科学研究部教授。
専門は植物系統分類学。国内外で植物採集をおこない、研究室では分子生物学的な研究をしている。趣味で日本酒指導師範、唎酒師、スピリッツアドバイザー、焼酎唎酒師の資格を取得。『酒米ハンドブック』(文一総合出版)著者。

Back Number にっぽん酒紀行

Information

  • instagram
このページの上に戻る