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連載記事

Running Story

7/11 2018

マラリア危機一髪! とある熱帯林研究者の奮闘記

第2回 隊長からの調査のお誘い 〜頼りにされる男、俺〜

 
豪雨災害に遭われた方に、謹んでお見舞い申し上げます。(2018年7月10日 山田俊弘)
 
 
広島大学・山田俊弘教授がお届けする、科学と笑いの奇跡のコラボレーション!
前回、「偽りの熱帯林研究者」であると自らカミングアウトした筆者。そこに至るまでの調査とはいったいどんなものだったのか? 
物語は、ボルネオ島のとある作業部屋からはじまる……

ボルネオ島のブルネイにあるマリンブン湖。湖とその周辺は、マリンブン湖自然遺産公園に指定され、熱帯雨林や湿地林の見事な熱帯林が広がっている

大雨

 
 
雨が降っておりました。
 
私は、一年以上前の日々の天気をすべて覚えているような、そんなとびぬけた記憶力を持っているわけではありませんし、私の記憶力といえば、3日前の夕食のメニューだって思い出すのに難儀をするような、そんな程度のものしかありません。にもかかわらず、この日の天気を今でも覚えている理由は単純で、この日の雨は、ただただひどかったからです。
 
夕方から降り始めた雨は、暗くなってからさらに雨脚が強まっていきました。ブルネイ領ボルネオ島、マリンブン湖自然遺産公園(Tasek Merimbun Heritage Park)で生態学の調査をしていた私と隊長は、防虫剤として使われているナフタレンのにおいが充満した作業部屋で、その日に熱帯林から取ってきた植物の枝から腊葉(さくよう)標本(※)を作ったり、今日までの約2か月の野外調査中に集められた莫大な量の腊葉標本の整理をしたりしていたのですけれども、作業部屋の屋根に敷かれたトタン屋根に容赦なく叩きつけられる大粒の雨は巨大な音を発し、私たちをなんとなく不安な気持ちに包み込んでいたのでした。トタン屋根が発する巨大な音は、隊長との会話もままならないほどのけたたましさで、そんな大雨がずいぶん長く続いておりました。
(※ 押し葉標本のこと)
 
作業のめどがつき、腊葉標本の束をナイロン紐で括り終えた隊長が仕事を中断し、不意に、
『来年の話なのだけれども、インドネシアの東カリマンタン州で調査をしようと思っています。ぜひ、あなたに参加してほしい』
と、おっしゃられました。
 
私は、言葉に詰まってしまいました。というのも、隊長の言葉を聞いて、大いに興奮したからです。奮激の理由は、「ぜひ、あなたに参加してほしい」のフレーズにあり、こういったセリフは普通、どうでもいい人に対して発せられることはなく、つまり、私が頼りにされる人物と評価されていることを、まごうことなく明示しているからに他なりません。「人から頼りにされる男。それが、俺!」という満ち足りた思いが頭を支配し、大雨で隊長が何を言っているか聞き取りづらいという状況も相まって、その後、たぶん隊長は、東カリマンタン州の森林で何をするのかとか、どうしてその場所なのかということなどを話してくれていたと思うのですが、実は何を言っていたのか、まったく記憶がありません。たぶん、端から聞いていなかったような気さえ致します。ただただ、「もう、どこでもついてきまーす」という気持ちになっておりました。
 
といいますのも、折しも、「もしかして俺の研究って、時代遅れているのではないだろうか」、と、時々不安になっていた時期と重なっていたからです。その当時は、DNAを調べてみたり、植物体内の元素を調べてみたりという新しい手法を用いた生態学の研究が進み始めていた頃で、そうした新しい手法が用いられ始めている一方で、私はいまだに、伝統的な、「メジャーを持って熱帯林内を走り回る」という研究スタイルを貫いており、「時代遅れなのかもしれないなぁ」なんて、弱気にも似た気持ちになりかけていたのです。そんな中での隊長の言葉は、「時代遅れの研究者」という私の不安を払しょくするに余りあるものでした。
 
興奮のためか、その日はなかなか眠れませんでした。いつまでも止まない雨音を聞きながら、ずいぶん長い間ベッドの上で、「確か俺って、ブルネイでもメジャー持って走っただけだったよなぁ。頼りにされるようなこと、なんかしたかなぁ?」と、なかなか見当たらない“思い当たる節”を探しながら、ぼーっとしておりました。

ウツボカズラの1種

サトイモの1種。上下の写真とも、マリンブン湖自然遺産公園の湿地林で撮影

帰れない…… の……?

 
翌朝、昨夜の雨が嘘のように綺麗に晴れていました。朝食は当番制で準備することになっていて、インスタントラーメンを煮てくれる人もいれば、スパゲッティをゆでてくれる人もいて、担当者によりメニューというか志向が変わり、朝食はバラエティが豊かで、1日の楽しみにもなっていました。私は毎度、トーストと目玉焼き、ソーセージを焼いていました。「失敗することの方が難しい」という消極的な理由で、このメニューを作り続けたのですが、他にトーストを提供する者がいなかったためか、意外にも周りからの評判は悪くありませんでした。調査隊は5人だったので、5日に一度、朝食当番が回ってきました。
 
その日は私の当番日だったので、もうお馴染みになってきた、トーストと目玉焼きとソーセージを準備しました。さあ、みんなで食べましょうか、という段になって、隊長がいないことに気が付きました。隊長が寝坊することなどあり得ないのですが、ダイニングにいないとならば、きっとまだ部屋にいることのでしょう。部屋に呼びに行くことにしました。
 
すると、不思議なことに、部屋にも隊長はいらっしゃらない。おかしいなぁ、と思いながら、建物の外を見渡すと、昨日の大雨のせいで、マリンブン湖の水位がだいぶ上がっていただけでなく、陸地のところどころにも大きな水たまりができていて、道路も一部冠水していました。
 
一夜にして大きく変貌した世界に驚かされていると、隊長が村長宅の方から戻ってくる姿が見えました。どうやら隊長は、水浸しになった世界を見て、私たちが置かれた状況を村長に確認しに行ってくれていたらしいのです。こういうところが、いわゆる危機管理能力であり、ここに私が隊長を尊敬してやまない所以でもあります。そして、朝食をとりながら、隊長は私たちに重要な決断を報告されました。
 
『昨日の雨で、道路の一部が冠水しています。ブルネイから出国するためには、首都のバンダルスリブガワン(Bandar Seri Begawan)までたどり着かなければなりませんが、そのためには車で2時間ほど走らなければなりませんね。もし、その道中で、道が冠水して寸断されていたら、私たちはバンダルスリブガワンにたどり着くことはできません。この先の道がどれくらい冠水しているかわかりませんが、村長によれば、昨夜と同程度の雨が、後一度でも降れば、道路はほぼ間違いなく寸断されるそうです。車で帰ることを完全にあきらめなければなりません。
そこで、今日中にここを出ることにします。まだ、バンダルスリブガワンまで道が通じていればいいのですが、とりあえず、試してみましょう。村長が言うには、たぶん、まだ帰れるレベルだろうということですが、案外、もう手遅れかもしれません。まぁ、その場合は、その時に考えましょう。』
 
一年中よく雨の降る熱帯雨林気候でも、さらによく雨の降る雨季と、そうでもない時期があります。私たちが調査に訪れていた時期は、ちょうど雨季の始まり位の時期でした。雨季の真っただ中には、マリンブン湖の周辺は水没してしまう場所がいくつもあり、道路が寸断され、周囲から完全に孤立してしまいます。一度孤立してしまうと、水が引くのを雨季が終わるまで数か月間待たなければなりません。
 
予定では、あと2日ほど滞在して調査を続けるスケジュールになっていました。しかし、当初予定していたデータはすでに完全に取り切れていて、その補足データや現地で気が付いた新たなデータを取っていた段階なので、たとえ今日、調査地を離れたとしても、調査計画に支障をきたすようなことはありません。とはいえ、兎角、人というものは、最初に立てた計画に固執しがちな生き物でもあります。隊長の柔軟な思考と、とっさの判断もさすがとしか言いようがありませんでした。
 
あわてて個人の荷物と、腊葉標本などを梱包し、2か月あまりお世話になった宿泊施設の掃除を済ませると、お昼を過ぎていました。あと2日分の朝食用に、と残しておいた食材を使ってこしらえた昼食を取って、バンダルスリブガワンに向かうことにしました。それまでに、車高が高い車も用意していただいていました。この車ならば、多少、道路が冠水していても走行できることでしょう。
 
恐る恐る帰路を進むと、道路はところどころ冠水していたものの、まだ、何とか走行できる状態でした。

大雨により冠水した道を進む、我々を乗せたバン

インドネシア、東カリマンタン州でのミッション

バンダルスリブガワンに向かう車内で、昨夜から気になっていたことについて、隊長に聞いてみることにしました。つまり、「私って頼りになるんですかね? で、どこが頼りになるんですかね?」という方ではなく、「東カリマンタン州のどこで、何を目指して、何をするのか?」ということでした。
 
この質問を浴びせた時、隊長は、「えー!? 昨日、一通り説明したんだけれど、聞いてなかったの?」という顔を一瞬だけされたけれども、もう一度丁寧に教えてくれました。
 
『東カリマンタン州は生物多様性がとても高いことで知られていますが、その実態はまだよくわかっていません。というのも、1980年代後半から繰り返し起こっている山火事により、南部の林のほとんどが燃えてしまったからです。山火事の影響を受けていない森林を、南部で探すことは大変難しいでしょう。東カリマンタン州の本来の生物多様性は、山火事を受ける前の姿でしょうから、南部を調べても、生物多様性の全貌は明らかにできないのではないかと思っています。一方、北部では、山火事はほとんど起きていません。山火事や人の影響をほとんど受けていない熱帯林が、北部にはあるのです。そこで、来年は、東カリマンタン州の北部の森林に調査に入り、東カリマンタン州の生物多様性の実態を明らかにしようと思っているのです』
 
隊長のおっしゃるとおり、カリマンタン州南部は、ここ最近、繰り返して山火事の被害を受けています。例えば、1982年から83年に起こった山火事では、九州くらいの面積の熱帯林が焼失したというのですから、驚きを通り越す規模の山火事が起こっているのです。
 
調査は、「実態さえわかっていない東カリマンタン州の生物多様性を、北部の森林を調べることで明らかにする」というのが狙いということがよくわかりました(私たちが言う生物多様性とは、どんな種類の植物が、どれくらい生えているかを指します)。と、いうことは、前人未到の地にテントを持ち込んで、野営を行いながらの調査になるのでしょうか? こうした調査は、インドネシアの西カリマンタン州の森林で隊長と体験済みで、それはそれでたいへんおもしろかった記憶があります。今回もそうなのか? と尋ねてみたところ、意外な答えが返ってきました。
 
『1990年代の後半に、ヨーロッパ連合の調査隊が、持続可能な熱帯林業の調査を行った森林があります。そこには、その当時、ヨーロッパ連合が建てた調査施設が残っているはずで、それがまだ使えるはずだと思います。もう何年も使っていないから、どの程度傷んでしまったかわからないけれども、テントの生活よりはずっとましなはずでしょう。
ヨーロッパ連合の調査では、熱帯林業に関する調査が行われたのですが、その時、植物学者も参加していて、そのあたりにどんな植物が生えているか、リストが作成されているようです。生態学者としてはたぶん私たちが初めて入ることになるだろうけれども、調査施設が使え、植物リストがあるというのは、生態学の調査をするには絶好の条件だと思いませんか』
 
どこでヨーロッパ連合の情報なんか仕入れるんだろうな? と思いながらも、なるほど、この森で調査を行えれば、払った努力に対して、最大の成果を得ることができそうだと納得し、そして、まだ見ぬ東カリマンタン州の熱帯林に思いを馳せながら、車内でもう一度、奮激したのでありました。
 
 
次回予告
東カリマンタン州での森林調査を気軽に受けてしまった私。「大丈夫か?」と心配する読者をしり目に、本人は行く気満々だ!
次回は、東カリマンタン州に向かう途中、ジャワ島ボゴールからボルネオ島東カリマンタン州サマリンダでの研究者の行動に迫る!
 
この連載は、ブンイチvol.2 に掲載された「山田、マラリアにかかったってよ」の皆様からの反響が大きかったことから始まりました。山田先生への応援メッセージはぜひBuNaのTwitterFacebookなどからBuNa編集委員までお願いします!
 
 

Author Profile

山田 俊弘

広島大学大学院 総合科学研究科 教授.博士(理学)
熱帯林での25年を超える研究歴(植物生態学・森林生態学)があり,毎年数回,インドネシア,マレーシア,ミャンマーなどの熱帯林で調査を行っている.専門は熱帯林の生物多様性とその保全.2015年 日本生態学会大島賞受賞.著書は『絵でわかる進化のしくみ 種の誕生と消滅』(講談社),『温暖化対策で熱帯林は救えるか』(分担執筆:2章ー4担当、文一総合出版),『論文を書くための科学の手順』(文一総合出版),『〈正義〉の生物学』(講談社 ).
ホームページ:http://home.hiroshima-u.ac.jp/yamada07/
ブログ:http://home.hiroshima-u.ac.jp/yamada07/posts/post_archive.html

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