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連載記事

Running Story

7/17 2018

マラリア危機一髪! とある熱帯林研究者の奮闘記

第5回 調査開始。「ヒィ〜! ハァ〜!」の正しい使い方とは

第4回で、まずは衣食住を確保した一行。

ついに、熱帯林での調査開始! 真剣な調査のかたわら、森を駆け回り、木に登り、ハチミツを食べる! 
でも、マラリアの話はいつ出てくるのか!?

植物生態学の調査風景。稚樹の高さを測定中。こうした地味な作業が続く

熱帯林の中でどんな調査をしているか

いよいよ、調査の開始です。
 
調査に訪れたラバナンは雨季と乾季がはっきりとしていて、乾季にはほとんど雨は降りません。私たちが調査をする時期は乾季にあたり、天候に悩まされることもなく調査を続けられそうです。
 
調査をする森林は、クライ川の支流沿いに発達した河畔林と呼ばれるものです。地形は、平坦な部分と崖の部分からなる河岸段丘的になっており、河道の周りが一番低い平らな地形ですが、幅は数十m位で、あまり広くありません。乾季には河道にさえ水が流れていないのですが、雨季になれば増水し、この川原全体が川底になるのでしょう。この川底の部分の端にある、高さ2 mくらいの崖を上がった部分にも、やや広い、平らな地形が広がっています。きっとこの崖は雨季に水量が増加した川により浸食されてできたものでしょう。崖の上の平らな部分は100 m弱続くのですが、雨季の洪水の時には、ここまで浸水してしまうのかもしれません。その先は、傾斜が急な斜面になっていています。
 
雨季と乾季では、世界がガラッと変わってしまいそうな雰囲気の森です。クライ川が定期的に氾濫することが植物を生きづらくさせているのか、木の高さは高い木でも50 mくらいで、60 mを超えるような巨大な木はほとんど現れません。
 
この森に、私たちが日本から探しに来た生物多様性という宝が隠されているのです。いえ、この森そのものが、生物多様性の宝なのです。うまく宝を見つけられるか、宝をすくい上げられるかどうかは、私たちの調査の腕にかかっています。
 

林内の光環境の測定中。光は、植物の生残や生存に大きく影響するため、植物生態学では重要な情報となる

私たちの生物多様性の調べ方は確立されていて、同じ方法ですでにボルネオ島の10か所以上の熱帯林で生物多様性を調べています。こうして我々が調査を続けていけば、いずれはボルネオ島の生物多様性の実態を、明らかにすることができるはずです。
 
その方法とは、100 m四方の正方形を森林の典型的な場所に作り、その中に生えている直径5㎝以上の太さの木に番号を付け、直径を測定し、木の名前を付けていくというものです。私が、「ここだ!」という森の“典型的”な場所を選び、そこに、一辺100 mの四角を、方位磁石とメジャーを頼りに作っていきます。“森の典型的な場所”、とはいかにも抽象的な表現ですが、森の中を歩き回り、典型的と信じる場所を選び出すわけですから、まぁ、経験と感性のなせる業です。
 
調査は数チームに分けて進められます。私のチームは森の中に100 mの四角を作る仕事をしますが、残りのチームには、私が作った四角の中に生える木に番号を付けて直径を測るチームやら、前のチームが付けた木の番号順に木の名前を付けていくチームがあり、後者には隊長チームとカオさんチームの2チームが任務にあたります。木に名前をつけるといっても、隊長やカオさんが趣くままに、「太郎」とか「花子」とか「ジェニファー」みたいな名前を付けていくわけではありません。その木がどんな種に属するのか、学名を割り振っていく仕事ですから、植物の知識がなければできない仕事です。そこで、植物学の知識に長けた隊長やカオさんが任務につくというわけです。
 
我々が名づけた植物が、本当にこの森に生えていたことを証明するために、出てきた木一本一本の腊葉標本(:第4回を参照)を作ります。3,000本くらいの木に番号をつけますから、それくらいの腊葉標本が最低でも出来上がってしまいます。
 
木に名前を与える仕事ですが、どうしても、名前が付けられないことがあります。こんなときには、ヨーロッパ連合の調査隊が作った植物リストが役に立ちます。私たちが名づけられない植物の名前も、そのリストの中にきっとあるはずです。リストとにらめっこをしながら、名前を付ける作業は続けられていきます。すべての木に納得のいく名前が付くまでに、1年以上かかってしまうことさえあります。
 
森の中に一辺100 mの四角を作る私のチームは、メジャーを持って走ることが主な業務であり、森の中に、いかに正確な直線を、いかに正確に100 mの長さで引けるかというのが肝になります。そのためには、調査補助の助けが必要になりますが、調査を手伝ってくれる人たちは、森の近くで生活していることもあり、野外での活動にとても慣れていて、助かりました。方位磁石を使ってまっすぐの線を引くのですが、たった1本、一緒に線をひいただけで、2本目の線からは、自律的に線引きを上手にアシストしてくれるのですから、大したものです。彼らの助けのおかげで調査は順調に進んでいきました。
 

藤家具の材料となるラタンの構造を調査中

河道がどう走っているか把握するための測量中

木登り名人アミルとハチミツの秘密

調査補助をしてくれる人は8人もいたのですが、そのうち、アミルとは一番仲良くなれました。いつも、広島カープのような真っ赤なヘルメットを被っているアミルは小柄で、奥さんと子ども、犬とともに山の中に住んでいました。寡黙な彼とははじめのうちこそほとんど話をしませんでしたが、調査の手伝いをとても熱心にしてくれることもあり、日に日に仲が良くなっていきました。
 
アミルは木登りが上手でした。登攀(とうはん)道具や命綱なしに、空身でするすると20 mくらいの高さまで登っていきます。はたで見ていると簡単そうなのですが、いざ自分でやってみると、じぇーんじぇーん、うまくいきません。
 
うまく木が登れない私を見て、アミル先生は木の登り方を教えくれるようになりました。アミル先生の木登り教室は愉快でした。正しい木のつかみ方とか、足の使い方があるらしく、こういう持ち方をすると落ちる、とか、ああいう態勢をとると落ちる、などの講義をしてくれて、あとは実践になります。
 
調査の休憩時間には、アミル先生が与えてくれる課題に取り組むのが常になりました。アミル先生は、木登りの練習に適当な木を見つけると、上の方を指さし、
 
「じゃけぇ、あそこに、幹が二股に分かれているところがあるじゃろぉ。今からあそこまで、登ってきんさいや」
 
と、課題を与えてくれます。アミル先生が選ぶ木は難易度が多少高めで、目標地点まで枝などがまったくなく、まっすぐの幹だけがすぅーっと伸びているように見えます。一見するとつかみどころのないように見える木の幹も、よく見ると微妙な凸凹があり、そこに、手、足をかけることで、木登りが可能になるのです。
 
アミル先生の課題は絶妙で、10 mちょい上ぐらいの、私ができるかできないかぐらいの、ぎりぎりのラインを攻めてきます。必死になって課題をこなし、幹の二股に分かれているところに足をかければ、体がずいぶん安定します。この状態になれば、木から落ちることはまずありません。すると、決まってアミル先生は、下から
 
「ヒィ〜! ハァ〜!って言いんさい。ほいじゃから、今、ヒィ〜! ハァ〜!って言いんさいや」
 
と、命令します。
「ヒィ〜! ハァ〜!」と言わないといけない理由は、まず見当たりませんが、とりあえず、アミル先生がおっしゃるように、「ヒィ〜! ハァ〜!」と言うと、こりゃぁ何とも気分が良いのです。腹の底から、大声で「ヒィ〜! ハァ〜!」と言えば言うほど、気分が上がるのです。私はこの時、それまでまったく知らなかった「ヒィ〜! ハァ〜!」の本当の使い方を学びました。
 
それから、アミルは、私にハチミツの木も教えてもくれました。ある日の調査帰りにアミルが、
 
「ほいじゃけぇねぇ、今日はちょっと、ハチミツの木、教えちゃろう思ってるんよ」
 
と言い出し、いつもとは違う道を歩き始めました。
着いたところには、この辺りではあまりお目にかかられないほど巨大が一本だけそびえ立っており、それは幹が真っ白なことが特徴のツアランの大木で、高さは60 m以上ありそうな立派な木でした。
 
「ほいじゃけねぇ、この木の幹はすべすべしとるじゃろぉ。ほんで、ぶち高いじゃろぉ。この木には、熊もよう登りぁせんのんじゃ。ほいじゃけぇ、この木の上のほう見てみんさいや。枝のところに、なんかが、垂れ下がっちょるんが見えるじゃろー。あれ。あれがミツバチの巣じゃけぇ。ミツバチはのぉ、熊が登って来れんことをいいことに、この木の上のほーに、巣、作りよるんじゃ」
 
と、教えてくれました。確かに、はるか上空に、オオミツバチの巣が見えます。
 
「ほいでね。今、まだ巣がこまいんじゃけどねぇ、あと数か月したら、立派な巣ができるよ。わしら、そん時まで待って、ハチミツ取りに行くんよ。」
 
と、続けました。
熊でも登れない木に登り、ミツバチからハチミツを奪う。ぜひ見てみたいのですが、あと数か月もここに滞在することはできません。去年取ったハチミツはまだあるかなぁ? と思い、アミルに聞くと、
 
「ほいじゃけねぇ、前にハチミツ取ったのは、1年くらい前のことじゃろぉ。じゃけぇ、ハチミツは残っとらんのよ」
 
と、答えましたが、答えがたどたどしかったので、「何か隠している」とピンと来て、尋問してみると、ほんの少しだけハチミツが残っていることが判明しました。是非ともそれを食べてみたい! と要求すると、
 
「あんた、わや言いよんなぁ。まぁ、こらえてくれっ」
 
というアミルを口説き落とし、
 
「まぁ、ちぃとだったら、ええよ。でも、他の人には言いなさんなや」
 
と言わせしめ、後でアミルの家でハチミツを分けてもらいました。1年前のハチミツは少し発酵しているのか、お酒の味もして、とてもおいしかったです。

地味につらい!「ごはん、インスタント焼きそば、目玉焼き」

さて、調査に話を戻しましょう。科学研究では、同じ調査を最低、2度行うことが鉄則です。1 度だけの調査では、それが正しい結果を示しているか、たまたまそういう結果になったのか、判断が付かないからです。“デュプリケート”と呼ばれる、科学の工夫です。ですから、この生物多様性調査も、100 mの四角を一つだけではなく、同じものをもう1つ作ります。100 mの四角を2個、調査しつくしたころに、大体1か月が過ぎています。
 
そういえば、調査を1週間くらい終えたところで、気になることも起こりました。数日前から、朝ごはんのメニューが、「ごはん、インスタント焼きそば、目玉焼き」、お昼のお弁当を開けると、「ごはん、インスタント焼きそば、目玉焼き」、夕食のメニューが「ごはん、インスタント焼きそば、目玉焼き」、に固定され始めたのです。ほぼほぼ毎食、同じものしか食べていません。
 
おかしいなぁと思い、食事をお願いしていたおうちに訊ねに行くと、食材がもう、ごはんとインスタント焼きそばと、卵くらいしかないと言うではないでしょうか。そんなわけはありません。1週間で食べきれてしまうような、缶詰の量ではなかったはずです。しかし、食材を確認すると、確かに缶詰はほとんど残っていません。かすかな記憶に、数日前まで、とても景気よく缶詰を用いた料理が提供されていた気が、うっすらとしないわけでもありません。
 
ないものはないのですから、仕方ありません。食材を入手しに山を下りる術はありませんので、残りの3週間は、3食、ごはんとインスタント焼きそばと卵が続くことになりそうです。「まだ後、3週間もいるから、ペース配分を考えて食材を使ってね」という助言は、もうすでにほとんど缶詰を使い切った今となっては、むなしく響くだけでした。
 
 
次回予告
ジャングルにお化けが出た!? ジャングルで出くわしたお化けの顛末を紹介。マラリア、いつになったらなるんだろうね? ひっぱりすぎなんじゃ……。
 
 
この連載は、ブンイチvol.2 に掲載された「山田、マラリアにかかったってよ」の皆様からの反響が大きかったことから始まりました。山田先生への応援メッセージはぜひBuNaのTwitterFacebookなどからBuNa編集委員までお願いします!
 
 

Author Profile

山田 俊弘

広島大学大学院 総合科学研究科 教授。博士(理学)
熱帯林での25年を超える研究歴(植物生態学・森林生態学)があり、毎年数回、インドネシア、マレーシア、ミャンマーなどの熱帯林で調査を行っている。専門は熱帯林の生物多様性とその保全2015年 日本生態学会大島賞受賞。著書に『絵でわかる進化のしくみ 種の誕生と消滅』(講談社)、『温暖化対策で熱帯林は救えるか』(分担執筆:2章-4担当、文一総合出版)
 

ホームページ:http://home.hiroshima-u.ac.jp/yamada07/

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