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Running Story

8/8 2018

マラリア危機一髪! とある熱帯林研究者の奮闘記

第6回 お化けが出た

広島大学・山田俊弘教授がお届けする、科学と笑いの奇跡のコラボレーション!

ついに恐怖のマラリア……ではなく、別の恐怖が襲いかかる!
現地でまことしやかにささやかれる「タオルをぱぁーんとすると出るお化け」とは?
そして、お化けに対しても科学者の考察が炸裂する!

マラリア対策もかねて、寝るときは蚊帳を吊るす

現地の人の忠告、「タオルぱぁーんをしてはいけない」

そういえば、この森で調査をしているときに、不思議な体験をしました。
ある日の水浴びの時、カオさんが突然、
 
「やまださーん。べつにしんじるひつよう、ありませーん。ありませんけど、現地の人が、伝えておけ、言うとんねんで、いちおう、言っときまーす」
 
と話し始めました。さらに、
 
「ここには、お化けがいるらしいでーす。でも、お化けはふつうは現れませーん。でも、あることをすると、お化けが来ちゃいまーす。現地の人、けっこうびびってまーす」
 
「で、そのあることとは、水浴びした後に、タオルのはじをもって、ぱぁーん、てはたくことでーす」
 
「わたしも信じてはいませーん。でも、気になります。どうしてかというと、この話、わたし、聞くの、実は2回目でーす。何十年も前に、マハカム川(※)の上流でも、わたしは同じ話をききました。マハカムの人、けっこうびびってました」
※マハカム川:カリマンタン島で最も流域面積が大きい、インドネシア東カリマンタン州を流れる川
 
「やまださーん、別に信じる必要、ありませーん。でも、一応、気を付けてくださーい。現地の人、けっこうびびってまーす」
 
と言うのです。
「どんなお化けなの?」とか、「お化けに、なにされるの?」とか、「なんでタオルぱぁーんなの?」とか突っ込みどころが満載なのですが、その時、私は、「聞くだけ野暮かなぁ、カオさんも、信じることはない、と言ってくれているし、信じる信じないは別として、タオルぱぁーんをやらなければいいだけだし、そうするだけで、みんなが気持ちよく生活ができるんだし」、と、特にそれ以上聞くこともなく、カオさんの助言に従い、タオルぱぁーんをしないという、結構大人の対応をしたのです。
 
それから数日の水浴びでは、タオルぱぁーんっとしないように気を付けておりました。しかし、タオルぱぁーんは意外にも、結構、日常で普通にやるアクションなので、気を抜いてしまうと、水浴び後、タオルで体をふく一連の動作の中で、自然と出てしまうのです。タオルぱぁーんが。
 
そして、とうとう、油断をしていたある日、タオルぱぁーんを私はやらかしてしまったのです。とっさにカオさんが近くにいないか、見られていないかを確認しましたが、どうやら、彼は近くにいないようで、「よかった、カオさんに見つからなんだ」と、変な安心をして、水浴びを終えました。

恐怖! 金縛りののちに見えてしまったもの

……奴が来たのはその日の夜でした。突如現れた奴を前にして、「まさかぁ、ほんとに来ちゃったのぉ? 部屋散らかってるよぉ」みたいな、彼氏がお家に突然現れた彼女的な、感じになってしまいました。
 
熱帯には熱帯夜はありません。昼間あれだけ景気良く上昇した気温も、日が落ちると急降下し、夜になっても25度以上を保つことはまず無いのです。特に、我々が訪れた乾季では、湿度も低く、夜はとても過ごしやすくなります。昼間さんざん調査で体を動かし、夕方からは標本作成だのデータ入力だのでくたくたになった体は、夜になると自然と睡眠を求めるのです。
 
いつもは寝入りがいいはずの私ですが、なぜかその夜はなかなか寝付けず、眠りに付いた後も、とても寝苦しく、結局、また真夜中に起きてしまいました。夜中の2時を少し過ぎた頃でした。
起きたときに、体の異変に気が付いたのですが、どうも、うんともすんとも体が動かないのです。これが、俗にいう、「金縛り」というやつでしょうか? 実際に自分がなってみると、うーん、なんとも気持ちの悪い感覚でした。
 
そこで、この状態を何とかしようと思ったのですが、その時思い出したのは、金縛りに関するどこで聞いたか忘れてしまった噂なのですが、確かその噂によれば、金縛りというものは、体の一部を動かしてやれば、あら不思議、体の自由が取り戻せるというしろものだったはずです。そこで、まぁ、どこでもいいのだけれども、試しに右足をほんのちょっと動かし、このことによって、金縛りを解いてやろうと目論みました。
 
右足に神経を集中させ、右足を動かそうと一生懸命努力してみたのですが、努力の甲斐あり右足は案外たやすく動かすことができました。さて、自分が描いていた未来予想図では、右足を動かすことによってあら不思議、体の自由が戻ってくるというものだったのですが、噂とは異なり、金縛りは全く解けないではありませんか。つまり、体の自由は戻ってこないままなのです。いじわる。
 
(おいおい、いい加減にしてくれよ。どっか動かしゃ、いいんじゃないの? もしかして、動かし具合が足りないの?)と自問し、もう少し派手に右足を動かそうと、ふと、右足方向を眺めてしまいました。
 
私は2つ並んだベットのうち、枕の方向からあおむけに見て左側のほうに寝ていて、右側のベットには、カオさんが寝ていました。私のベットとカオさんのベットの間には、人が一人がやっと通れるくらいの、そう、60 ㎝くらいの隙間が開いておりました。右足方向を眺めると、その隙間が自動的に視界に入ってきます。
 
そして、その隙間に、いてはいけないと言うか、見てはいけないものがいたのです!
 
最初はぼんやりしてよく見えなかったのですが、目を凝らすと、まぁ、びっくり。そこには、私に背を向けておじいちゃんがうずくまっているではないですか! さすれば、これは大概危険な状況で、私とカオさんは、おじいちゃんに寝込みを襲われているのです。……まぁ、本当は、襲いに来たかはわからないけれども、ここにおじいちゃんがうずくまっているのは、正常ではないことは確かです。
 
(やばい、やばい、どうしよう)と、慌てふためき、とりあえず、この危機的な状況を、一刻も早く、カオさんに伝えなければならないと思いましたが、私は金縛りで、どうにもろくすっぽ動くことさえできないのです。
 
(そうだ! カオさんにしか聞こえない程度の大きさの声で、カオさんを起こそう)そう考えたのですが、その実現はミラクルです。カオさんは寝ている。いっぽう、おじいちゃんは起きている。カオさんに聞こえれば、おじいちゃんにも当然聞こえるはずでしょう。で、おじいちゃんに、私が起きていることが知れてしまったら、それはそれでめんどうなことになるでしょう。
 
(……よく考えりゃ、私が見たかったのは右足であり、おじいちゃんじゃないし、おじいちゃんはたまたま見えちゃっただけなんだし……まぁ、ここは、おじいちゃんは見なかったということにして、いっそ、寝たふりでもしておこう)
など、いろいろ考えたのですが、もしおじいちゃんが本当に襲いに来たのならば、寝てるうちに襲われて、ジエンドでしょう。ここは寝たふりは不正解で、カオさんを起こすという賭けに出たほうがいいと考えました。
 
そこで、さっき考えたことを具現化、すなわちカオさんにしか聞こえないミラクルボイスでカオさんを起こす作戦の実行に移ったのですが、金縛りって、いろんなとこが不自由になるんですねぇ。知りませんでした。声を出そうにも、それさえままならないのです。一生懸命頑張っても、
 
「ぅーーー」
 
くらいの蚊の鳴くような声しか出せません。これならば、おじいちゃんには聞こえないかもしれませんが、もちろんカオさんにも聞こえません。
ここはひとつ、もっと大きめな声で、と頑張ってみても、やっぱり、声が出ない。こんなことをしばし続けていると、
 
「うぉぉぉぉぉー」
 
と、予想外に調査小屋中に響き渡るくらいの声を張り上げてしまったのです。こうなると、気になるのは足元のおじいちゃんです。
(もしかして聞こえちゃった? 聞こえないわけないよね?)と足元を見ると、うずくまっていたおじいちゃんが、こちらを振り向いたのです。
(ほらぁ、やっぱり、聞こえちゃったぁ)
と、泣きそうになりながらも、現実にはもっと泣きそうなことが起こったのです。振り返ってわかったことなのですが、おじいちゃんと思っていたのはおばあちゃんで、結構がりがりでした。これだけでも十分期待以上の驚きなのにも関わらず、さらに、ふりかえったがりがりのおばあちゃんは、こともあろうに、私に向かって、襲いかかってきたのです。きょわい。きょわすぎる。きょわすぎる限度をとうに振り切ったので、私は、
 
「ふぁあああああああああ」
 
と、結構、面白い叫び声を、さっきより大きな声で上げでしまったのです。
驚いたのはカオさんで、夜中に隣のベッドから、「うぉぉぉぉぉ」の「ふぁあああああ」、です。「うぉぉぉぉぉ」の「ふぁあああああ」。
驚いて跳ね起きてくれたカオさんが、私に懐中電灯の明かりを向けたころには、がりがりの老女は、どこかにいなくなっていました。カオさんは、
 
「どうしましたか?」
 
と聞いてくれたのですけれども、私はどうにも、説明する気になれず、結果、
 
「ウッフッ♡うぉぉぉぉぉ、の、ふぁあああああ」
 
とうそぶいていて、すっとぼけることにしました。カオさんには大変迷惑をおかけして、申し訳なかったと今でも思っております。
 
翌朝、調査小屋は昨夜の「うぉぉぉぉぉ」の「ふぁあああああ」でもちきりでした。でも、昨夜あったことを、私は誰にも話しはしませんでした。結局、錯乱した私が一人で、「うぉぉぉぉぉの、ふぁあああああ」と大騒ぎしたという顛末となりました。まぁ、それはそれで正しい見立てなのですが。
結局、隊長から、「夜中に騒がないように」、という、修学旅行に来た中学生男子が夜中まで騒いでいた時に、先生からされる注意的なことだけされて、一件落着となりました。

科学者として、お化けについて考えてみる

科学者だってこういう経験をするんです。
 
お化け、と言うのでしょうか? 幽霊、と呼ぶものかも知れません。そういうものに会ったことはありますか?
多くの人が、そういうものに遭遇した体験をしているようなので、「そういうものがいる」と考えるほうが合理的だと私は思っていますが、よく言われる、
 
お化け・幽霊 = 死んだ人
 
と結びつけて考えることは難しいとも思っています。なぜならば、そう考えるとすると、死んだ後の世界が必要になりますし、とはいえ、そういうものの存在は今のところ、まったく確認されていないからです。
 
だとしても、お化けとか幽霊(“お化けとか幽霊”と書き続けると、めんどくさいので、ここから後は“お化け”に統一します)としか呼ぶしかないものに遭遇してしまった者からすれば、「いったい、あれは何なんじゃ?」ということになるわけです。で、そういったものに、私もちょいちょい出くわしちゃうのです。
 
出くわしちゃった時はもちろん、そこにお化けがいると思ってしまうのですが、かといって、本当にそこにお化けがいるとも、限らないのかもしれません。矛盾したことを書いていることは自覚しておりますので、これからその点を説明しようと思います。
 
我々が、そこに何かがあると認知するには、実は、結構複雑な過程を経ておりまして、我々の体には、可視光域の電磁波を探知するリモートセンシングデバイス(まぁ、目のことなのですが)が付いていて、周りの状況を、触ることなく探知できるようになっています。このリモセン(=リモートセンシング)デバイスが探知した外部の状況は、電気信号に変換され、視神経を通って、CPU(まぁ、脳のことなのですが)に送られます。そして、CPUでは、視神経から送られた電気信号を即座に解析し、外部状況のイメージを構築します。
 
こうしてCPU(だから、脳なのですけれども)で作られるイメージなのですが、精巧に、現実世界の外部状況と寸分たがわずできています。さもないと、例えば、実際にはあるものをイメージ内で作り損ねたりすれば、それにぶつかることになりかねませんし、逆もまた不便極まりないでしょう。
このリモセンデバイス(=目)が得た情報を用いてCPU(=脳)が織りなすイメージが極めて正確であることに、日ごろの生活を通して私たちは完全に信じ切らされているのです。すると、
 
脳内に構築されたイメージ = 現実の外部世界
 
と何の疑いもなく受け入れることがあたりまえになってきます。そして、そこに錯視が入り込む余地が出来上がるのではないかと思っています。
 
つまり、リモセンデバイス(目)が読み間違える、もしくはCPU(脳)が解析し間違えて作り上げた偽のイメージも、私たちからすれば、現実の外部世界そのものになってしまうということです
 
私の見立てでは、お化けとは、実際の世界にはいもしないものを、あたかもいると目や脳が認知してしまう錯視です。もちろん、私のこの考えは、私たちが自分自身を理解する方便の一つに過ぎませんから、「そういう見解もあるんだなぁ」といった類の軽い気持ちで読み進めてください。
 

得体の知れない人探知アラーム

いもしないはずのお化けを認知するという錯視ですが、私たちがそういった錯視を進化させてしまう意味も簡単に思いつきます。つまり、「お化けを錯視することで、私たちは生存しやすくなる」という考えです。いや、正確に言えば、お化けを錯視することは、我々が生存しやすくするための、おまけとしてついてきたという見解です。
 
みんなで集まって、お化けの話をしたことはありませんか? 私も子どもの頃によくやりましたが、結局、最後は、
「なんだかんだ言っても、やっぱり一番怖いのは人だよねぇ」
の落ちにたどり着くのが常でした。
 
これなのです! 人にとって、生存を脅かす一番の脅威は、得体の知れない他人であり、その得体の知れない他人に襲われることでしょう。事実、これまでに多くの人が、得体の知れない他人に襲われ、命を落としてきました。得体の知れない人に襲われるリスクを下げることは、私たちが生存するうえで多大な利益をもたらすはずです。では、どうすれば、このリスクを下げることができるでしょうか?
 
答えは、得体の知れない他人に襲われる前に、それを見つけてしまうことでしょう。もしこれが可能ならば、私たちは簡単には他人は襲われないはずです。そのために、きっと私たちは、「得体の知れない人探知アラーム」を進化させてきたはずなのです。
 
このアラームの特徴はその繊細さであり、ちびっとでも「怪しいな」、と感じるだけでも、「やばい、誰かおるで。気いつけとかんと、殺されるで!」と、ピーピーなるという代物です。なぜやたらにピーピーなるのかというと、よしんば得体の知れない人を見落とした場合、最悪殺されるという多大なる不利益を被るがためです。この事態だけは避けようと、ちょっと怪しいだけで、ピーピーなるという繊細さをもったアラームを進化させてきたはずなのです。
 
ピーピーなりがちなアラームですから、もちろん誤作動も多いことでしょう。つまり、怪しいやつがいないにもかかわらず、脳は、「怪しいやつがいる」と判断してしまうのです。皆さんも、誰も居ないはずの部屋なのに、人の気配を感じたりしたことがありませんか? 案外、この嫌な気配は、「得体の知れない人探知アラーム」の誤作動のせいかもしれません。
 
少し抽象的な話が続きましたから、アラームの誤作動と考えるとうまく説明できる具体例を一つ紹介しましょう。
 
ご存知の読者も多いのではないかと思いますが、火星には人面石というものがあります。これは、撮る方向によっては、人の顔にも見えなくもない形に写真に写る、火星にある3 kmにもおよぶ巨大な石のことです。この人面石に対して、アラームをピーピー鳴らしてしまう人がいます。つまり、顔っぽく見えるものはすべて人だと認知し、「火星には怪しいものがいる、うかうかしていると、そいつらに殺されかねない。注意しろ」と考えるのです。
 
この石を別方向から見れば、全然人の顔なんかに見えません。この石を人の顔と見立ててしまうのは、明らかに錯視です。心霊写真と呼ばれるものも、写真に人っぽく映っているのを見つけると、それを人だと認知してしまう人の性、アラームシステムの誤作動のせいだと、私は考えています。

お化け=脳アラームシステムの誤報としての錯視?

お化けを見る体質と、見ない体質がある、なんていう人がおりますが、それは、あながち正しいんじゃないかと私は思っています。ただし、私流に言い換えると、前者がアラームシステムが鈍感な人、後者がアラームシステムが敏感な人で、後者の人は、いもしない不審者に対して、すぐアラームを鳴らしてしまいがちな、つまり、「誰かおるぞ」、と認識してしまいがちな人なんだと思っております。
 
ただ、そんなこと言われても、目の前に突如として現れたお化けは、仮に、脳が作り出した、アラームシステムの誤報としての錯視だといわれても、それを見た人からすれば、れっきとしたお化けなのであり、現実なのであり、きょわいのです。で、この森で、私も、きょわい思いをしたので、それを報告させていただきました。
 
あの、がりがりの老女は、私にとっては紛れもない現実でした。しかし、襲われたはずが何ともなかったのは、それが虚構であった証拠でもあります。「脳が解析を間違えた末作り上げた、間違ったイメージとしてのがりがりの老女」。今となっては、それが一番合点のいく説明です。
 
でも、もしかすると、タオルをパーンとしたことで、あの老女を呼びつけてしまったのかもしれません。一つだけ、皆さんに忠告することが許されるのならば、インドネシア、東カリマンタン州では、タオルぱぁーんは、絶対にやらないほうがいいです。
 
 
次回予告
まさか、本当にお化けが出るとは思わなかったんじゃなーい? 次回、とうとうマラリアの兆しが顕われる。ほんとになっちゃうの?それってかなりやばくなーい?
 
 
この連載は、ブンイチvol.2 に掲載された「山田、マラリアにかかったってよ」の皆様からの反響が大きかったことから始まりました。山田先生への応援メッセージはぜひBuNaのTwitterFacebookなどからBuNa編集委員までお願いします!
 
 

Author Profile

山田 俊弘

広島大学大学院 総合科学研究科 教授。博士(理学)
熱帯林での25年を超える研究歴(植物生態学・森林生態学)があり、毎年数回、インドネシア、マレーシア、ミャンマーなどの熱帯林で調査を行っている。専門は熱帯林の生物多様性とその保全2015年 日本生態学会大島賞受賞。著書に『絵でわかる進化のしくみ 種の誕生と消滅』(講談社)、『温暖化対策で熱帯林は救えるか』(分担執筆:2章-4担当、文一総合出版)
 

ホームページ:http://home.hiroshima-u.ac.jp/yamada07/

ブログ:http://home.hiroshima-u.ac.jp/yamada07/posts/post_archive.html

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