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Running Story

8/22 2018

マラリア危機一髪! とある熱帯林研究者の奮闘記

第8回 飛行機内で、マラリアかどうかを科学する

ついにマラリアの兆候が現れはじめてしまった筆者。
しかし、飛行機内ではどうしようもない……。
「寒さ」と「震え」が止まらないなか、科学者として頭の中でマラリアかどうかを検証しはじめた筆者だが、果たして大丈夫か!?

タンジュンレデップからバリクパパンの帰路は小型の飛行機に乗って移動した。行きは陸路で2日もかかった道のりも、飛行機ならば、数時間だ

熱帯なのに、ものすごく寒い!

とうとう私のマラリアの幕開けです。ずいぶん待たせてしまいましたね、もう、このWebマガジンのタイトルが「マラリア危機一髪! 生物学者の熱帯林奮闘記」ということさえ忘れてしまった人がいるかもしれません。申し訳ありません。ここまでお待たせしてしまったご迷惑は、これから倍返し、いや10倍返しでお返しさしあげます!
 
バリクパパンからジャカルタへ向かう飛行機に乗り込んだ直後から感じていたのですが、この機内、やたらと寒いのです。その寒さといったら尋常ではなく、もう、じぇーんじぇーん耐えられないレベルです。Tシャツ一枚で飛行機に乗り込んでしまったことを呪いながらも、上から羽織るものを何かもらおうとCAさんに毛布を要求したのですが、「熱帯の空路を飛ぶこの飛行機にはそんなものは置いていない」と、けんもほろろです。「それならば、機内の温度を上げてほしい。こんなに機内の温度を下げるのは、常軌を逸している」と不当な機内温度の改善を要求すると、「別に機内の温度はそれほど低くないですよ」と、涼しい顔をしながら周りを見渡します。なるほど、私の他に寒さを感じているように見える乗客は見当たりません。隣のビジネスマンだって、半そでシャツを着ているのに、寒い素振りなど一向に見せず、賢そうに新聞を読んでいます。
 
「……ということは、おかしいのは飛行機ではなく、私の方か」、とやっと気づいた頃には寒気がどんどん増してきて、体の震えが止まらなくなっています。もう、寒すぎて、寒すぎて、この寒さを乗り切れるのならば、周りが自分をどう見ようがどうでもいいと思うくらいのレベルで、座席の上で体操座りになり、Tシャツの中に両腕を入れ、なるべく体温が体から逃げ出さないかっこうをとりました。驚いたのは隣のビジネスマンで、へんてこりんな格好をした私をちら見したあと、もう一度確認し、「なんか、変なやつの隣になったなぁ」という顔をして、それ以降はこっちを見ないようになりました。しかし、もうすでにキンキンに冷え切った私にとっては、ビジネスマンの冷たい視線よりも、この寒さに耐える方が大問題なのです。
 
こんな格好になってさえも耐えられないほどの寒さを前に、「もしかして、この悪寒はうわさに聞くマラリアのせいなのではないだろうか?」という考えが、頭をよぎるようになりました。……マラリアにはなりたくない、でも、もしかしたらもうなっているかもしれない。どうすれば、自分がマラリアなのかどうか確かめられるか、その方法について考えを巡らせました。

飛行機搭乗時の体重測定。ペイロード(飛行機に搭載できる重量)は限られている。ペイロードを超えていないか確かめるため、乗客が体重と荷物の重さを図り、申告しなければならない

科学者の頭の中

よく考えると、今私が行おうとしているマラリアの自己診断は、日ごろから私がやっている科学研究と同じなのです。科学研究では、自分の目の前で起こっている現象に対して、「この現象は、こういう風に考えれば説明できる」という考えを提示することから始まります。この「自分が正しいと信じる説明」を、私たち科学者は「仮説」と呼んでいます。仮説が正しいのならば、現象がうまく説明できるのですが、だからといって仮説が正しい保障などどこにもありません。そこで、本当に仮説が正しいのかを確かめることが必要になります。これを、「仮説の検証」といいます。
 
仮説の検証は次のように進められます。まず、手放しに仮説が正しいと受け入れることから考えを始めます。そして、もし仮説が正しいのならば、必ず観察されるはずの現象を理詰めで導き出します。仮説から理詰めで導出された、仮説が正しければ当然観察される現象は、「予言」と呼ばれています。そして、科学者は、予言が、現実の世界で本当に観察できるかどうか(つまり、予言が正しいかどうか)を実際に確かめるのです。
もし予言が正しければ、すなわち、予言通りのものが観察されれば、「仮説、悪くないんじゃなーい」という裁定になりますし、逆に、予言が間違っていた時、つまり予想通りの現象が観察できなかった時は、「なぁーんだ、仮説は間違ってんじゃん」、と結論付けます。この考え方が、現在、ほぼすべての科学者が行っている論理展開で、最も健全な科学の進め方だと信じられているものです。
 
この考えを日常に当てはめると、
『わが愛しのちいちゃんは、私によく話しかけてくれます。この前なんか、お菓子を分けてくれました。これらのことから「ちいちゃんは、私のことが好き」という仮説を立てられます。もし仮説が正しければ、よく話しかけてくれる、お菓子をくれるというちいちゃんの行動を説明することができるからです。この仮説を手放しに受け入れるとすれば、「私がちいちゃんに交際を申し込んでも、OKしてくれるに決まっている」という予言を導き出せます。そこで、実際に告ります(予言の実証実験)。すると、ふられます。ここから、「じぇーんじぇーん、仮説間違ってるじゃーん」という結論が導き出されます』
という感じになるでしょう。ちいちゃん……いじわる。
 
私も科学をするときは、この最も健全な論理展開にそって考えをすすめています。日ごろからの科学頭を、マラリアの自己診断に応用すればいいわけですから、私にとっては楽勝です。あー、科学者やってて、よかったぁ。

マラリアなのか!? 検証①止まらない震え

さて、私が機内で対峙している現象は、「ありえないほどの悪寒」です。私がマラリアならば、ありえないほどの悪寒を説明することができますから、ここでの仮説は「私はマラリアである」になります。さて、次は、「私はマラリアだ」という仮説を全面的に受けいれるのならば、“悪寒”以外に何が観察されるべきかが問題になります。すなわち、ここで考えなければならないのは、「何を予言に置くか?」という問題になります。
 
私がマラリアならばもちろん、血液中にマラリア原虫が観察できるはずです。これは強力な予言ですが、機内で血液を調べることなんてできません。今は、機内でも確かめられる、素敵な予言が必要なのです!
 
そんな時、頼りになるのが、マラリアにかかったことのある先人たちの知恵です。さっきバイバイしたカオさんは、かつて東カリマンタン州での調査中にマラリアになったことがあり、そのときの様子を詳しく教えてくれたことがありました。このカオさんの話に予言のヒントがありそうです。さて、そのとき、カオさんはなんて言ってたでしょうか? 彼の話を思い出そうとすると集中すると、遠くの方から、あの懐かしい声がフェードインしてくるではないでしょうか。
 
「……やまださーん、やまださーん、やまださーん」
 
だんだん大きくなっていくカオさんの声です。特に、最後の「やまださーん」は、はっきりと聞こえました。私はたまらず、
 
「きたぁー!」
 
と、思わず大声をあげてしまいました。隣の席で、ビクッとしたビジネスマンの姿が目に入りましたが、いま、ビジネスマンなんぞにかまっている場合ではありません。カオさんのお言葉に全身全霊を注ぐべきところなのです。安心しろ、ビジネスマン。
 
カオさんは心の中で、話を続けます。
 
「やまださーん。マラリアの震えは、はんぱじゃありませーん。マラリアでは、寒くて震えてるんじゃないんでーす。病気で震えているんでーす。寒くて震えているのならば、その震えを意識して止められまーす。でも、マラリアの震えは、自分の意思ではなんともなりませーん。止めたくても、止まりませーん。止まりませーん。せーん……」
 
「止まりませーん」の余韻を残して、頭の中のカオさんはどっかに行ってしまいました。
私は心の中で、「ありがとう。ありがとう」と何度もカオさんにお礼を言いました。知らず知らずのうちに、涙がほほを伝っています。その様子をいぶかしげな眼で、隣のビジネスマンが見つめています。
 
カオさんのおかげで予言を導き出せそうです。カオさんによれば、どうやらマラリアの悪寒は悪寒界の王様で、他の悪寒とは格が違うらしいのです。「悪寒の品格」といったところでしょうか。カオさんによれば、マラリア以外の震えならば、自分の意思で止められるとのことで、しからばこれは、たぶん息みたいなもんで、息ならば、誰しもが短い時間、意識して止めることができます。対してマラリアの震えは自分の意思とは独立して起こるようで、つまりマラリアの震えは心臓の鼓動に例えられ、我々は意識して心臓の鼓動を止めることができないのと同じように、マラリアの震えも意識して止めることなどできないということです。ならば、次の予言を導き出すことができるでしょう。
 
「マラリアならば、いっくらがんばっても、自分の意思で震えを止めることができない」
 
素敵な予言です。検証だってできます。もし、意識して震えを止められるとならば、それはマラリアの震えではなく、寒い方の震えであり、晴れて、「私はマラリアなんかじゃない」、と言明することができます。逆に、どうがんばっても震えが止まらないのならば、「やっぱりマラリアなんじゃないのぉ」、という結論になります。
 
早速、機内で予言の実証実験を行いました。この震えを止めるためには、息を止めるレベルの集中では無理でしょう。かなりの気合が必要であり、その気合をもってしても震えが止まらないのならば、それをもって初めてマラリアと認めなければなりません。つまり、中途半端な気合の場合、気合が足りないせいで止まるものも止まらなかっただけかもしれず、その場合には、「実験の仕方が悪かった、誤った実験結果だった」、ということとなるため、気合の抜けたトライアルなどは百害があるだけで一利さえないのです。そのため、私は
 
「くぁぁぁぁぁぁぁ」
 
と、ありったけの気合を込めて、雄叫びを上げました。もう、隣のビジネスマンは泣きそうです。しかし、私がマラリアかどうかが決まるの瀬戸際なのですから、彼に構っている場合ではないのです。スラマットジャラン(さようなら)、ビジネスマン。
 
するとどうでしょう、気合とともに震えはぴたりと止まるではありませんか。私は、自分の気合の高さに打ち震え、「誰かに見てもらいたいなぁ、伝説の震えを止めた、この俺様の雄姿を!」という気持ちになり、満面の笑みとともに、「今の、見てくれたぁ?」と、隣のビジネスマンの方を振り向きましたが、さっきまで私の方を奇異な目で見ていたビジネスマンは、私の首の動きとシンクロするように、私と同じ方向に、同じスピードで回転させ、私と目が合うことを拒絶したのです。おそらく、妥当な対応です。

マラリアなのか!? 検証②あたたかくしても、悪寒がする

さて、マラリアならば止まるはずもない震えが、こうして止まってしまったのですから、科学的にこれをもって、「私はマラリアではない」、と言明できるわけです。
 
「よかった。マラリアではなかった」と喜んだのもつかの間です。科学では、一つの方法で仮説が否定されても、別の検証でも同じ裁定になるのか確かめ直すべきだと考えられています。“クロスチェック”とよばれる、慎重を期す工夫で、誤りを嫌う科学の鑑、回り道でもあえて正しさを追求する、科学の潔癖さです。
 
クロスチェックのためには、新たな予言による、仮説の検証が必要になります。そして、そのためにはやはり、カオさんの助けなしには成しえません。カオさん、助けてくれ! と一心に念じると、再びはるか遠くから声がしてきます。
 
「……やまださーん、やまださーん、やまださーん」
 
カオさんの再登場です。今度は、隣のビジネスマンにもわかるように
 
「ダッターン!」
 
と叫びました。インドネシア語で「来た」という意味ですが、ビジネスマンはもう、何が何だかわからないという顔をしています。どうやら、言葉が通じるとか、通じないとかいう問題を超越した何かが二人の間を隔てているようでしたが、やはり、依然として、彼には構っていられない切迫した状況にあることには変わりません。私と目が合わないようにと必死に努力するがうえ、挙動がおかしくなっているビジネスマンは置き去りにして、私は予言の模索に勤しみました。
 
「やまださーん。マラリアの震えは、はんぱじゃありませーん。マラリアでは、寒くて震えてるんじゃないんでーす。病気で震えているんでーす。寒くて震えているのならば、温めてやれば、震えが止まりまーす。しかし、マラリアの場合は、体の内部から、インサイマッボーン(inside my bones)から体が震えます。たとえ、熱帯の強い日差しを浴びたとしても、決してあたたかくは感じませーん。感じませーん。せーん……」
 
カオさんは、重大なヒントを置いて、「感じませーん」の余韻を残しながら、また去って行ってしまいました。私は涙しながら再びカオさんにお礼を言いました。もう一つ予言が作れそうです。このヒントから予言を導けば、
 
「マラリアならば、熱帯の痛いほどの日差しに身をおいてさえも、なお寒い」
 
ということになるでしょう。さぁ、実証実験です。しかし、残念ながら機内では、熱帯の日差しを浴びることはできそうにありません。実証実験は、スカルノ・ハッタ空港についてからするしかなさそうです。
 
早く空港につかないかなぁ、早く実証がしたいなぁ、と心ここにあらずで、飛行機が着陸した直後、シートベルト着用のサインが消える前から席を立ちあがる私をたしなめるCAをしり目に、私は我先にと飛行機から降りました。ビジネスマンもやっと解放されたという、安堵を浮かべています。スラマットジャラン、ビジネスマン。
 
さて、スカルノ・ハッタ空港は、結構オープンな感じの空港で、いたるところに窓があり、太陽の光が取り込める作りになっていました。素敵。私はそのうち、特に調子よくじゃんじゃん光が入り込んでいる窓を探して、陽の中に身を置きました。すると、どうでしょう。あたたかいではありませんか。陽の当たっている腰のあたりは、確かにあたたかい。あたたかいのです! マラリアならば、あたたかさを感じるわけがありません。と、いうことは、私はマラリアではないのです。私はマラリアではないのです。
 
ダブルチェックを経て、自分がマラリアでないことが科学的に実証された私は、安堵とともに、疲れがどっと出てきて、ボゴール向かうタクシーでぐったりしていましたが、実はこの時、40℃以上の発熱をしていました。悪寒の直後の熱発。マラリアの典型症状を前にしてさえ、「でも、自分がマラリアでないことは、科学的に実証されちゃってるもんねぇ」と、強気でいることができました。……正直に申し上げますと、自分がマラリアであることをほぼほぼ認めてはいたのですが、マラリアであることを受け入れたくない私もどこかにいて、機内にいた時からずっと、自分がマラリアでないという言い訳を探していただけした。
 
ボゴールにつくと、夕食をとるのはやめて、床に就きました。もう、へとへとで、ただただ、横になりたかったのです。
 
 
次回予告
マラリアの悪夢は始まったばかり。たった1人で山田先生はどうなっちゃうの!? マラリアとの闘病の始まりだ!
 
 
この連載は、ブンイチvol.2 に掲載された「山田、マラリアにかかったってよ」の皆様からの反響が大きかったことから始まりました。山田先生への応援メッセージはぜひBuNaのTwitterFacebookなどからBuNa編集委員までお願いします!
 

Author Profile

山田 俊弘

広島大学大学院 総合科学研究科 教授。博士(理学)
熱帯林での25年を超える研究歴(植物生態学・森林生態学)があり、毎年数回、インドネシア、マレーシア、ミャンマーなどの熱帯林で調査を行っている。専門は熱帯林の生物多様性とその保全2015年 日本生態学会大島賞受賞。著書に『絵でわかる進化のしくみ 種の誕生と消滅』(講談社)、『温暖化対策で熱帯林は救えるか』(分担執筆:2章-4担当、文一総合出版)
 

ホームページ:http://home.hiroshima-u.ac.jp/yamada07/

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