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Running Story

8/29 2018

マラリア危機一髪! とある熱帯林研究者の奮闘記

第9回 デング出血熱? はたまた誤診?

前回、マラリアの兆候である寒さと震えに打ち勝ったかに思えた筆者。
しかし、それは悪夢のはじまりにすぎなかった。
とりあえず病院に行ったはいいものの、そこでまた別の問題がまき起こる!

もうフラフラ! ついに病院へ

昨晩の寝汗はひどく、何度もシャツを着替えなければならないほどでした。あまり寝た気がせず、疲れが抜けた感じはありません。ただ、翌朝には、何事もなかったかのように熱は冷め、体温が平熱に戻っています。マラリアの典型症状である散発的な熱発作なのですが、私は、「よかった。案外簡単に治ってしまった。やはり科学的な判定通り、私はマラリアではなかったのだ。昨日の熱は悪夢みたいなもんで、調査の疲れがちびっと出ていただけだ」とうそぶいて、この期に及んでまだしっかりと現実を見ようとしませんでした。
 
しかし、熱は下がったのですが体調は最悪です。「昨夜あれだけ熱が出て、寝汗を散々かいたのだから体がだるいのは至極当然である」、と自分で自分に言い聞かせて、まだマラリアである自分を認めようとはしませんでした。本当に往生際が悪いことありません。その日は調査で集めた腊葉標本を乾かしたりする仕事がありましたが、体のだるさからお休みさせてもらい、ベッドで横になっていることにしました。
 
すると、お昼を過ぎたころに再び、激しい悪寒とそれに引き続く40℃を超える熱発が私を襲いました。もう、「俺はマラリアなんかじゃない」、と自分を偽っているわけにもいかないと思い、マラリアと診断されることを覚悟のうえで、ボゴールで評判の病院に助けを求めに行きました。もうフラフラで、マラリア発病から1日で、随分と追い詰められた感じです。
 
夕方暗くなってから着いた病院では、救急外来に回されました。話は早いほうがいいだろうと、一昨日まで、マラリア汚染地域のジャングルにいたことと、熱の周期性や悪寒から、自分はマラリアであろうという素人診断を伝えました。また、インドネシア入国時から飲み続けてきたRecochinは他の抗マラリア薬と飲み合わせがよくないとも聞きます。もし、抗マラリア薬治療が始まり、病院で処方してくれる薬とResochinの飲み合わせが悪ければ、笑い話にもなりません。そこで、現在進行形でResochinを飲んでいることも伝えました。患者の鑑。なかなかの優等生ぶりです。
 
看護師さんは、一通り私の話を聞くと、なぜか別の看護師さんと交代してしまい、新しい看護師さんが、私の血液を採取したり、熱を測ったりと検査を進めてくれます。血液を調べてくれたので、至極当然にマラリア検査もされていると思い込んでいたのですが、私が最初の看護師に伝えたマラリア情報が、次の看護師に伝達されておらず、マラリアの検査が行われなかったなどとは夢にも思っていませんでした。この当時、こんな風に私たちは、とかく世の中はシームレスにつながらない現実を嫌というほど見せ付けられてきました。ですから、私たち世代は、今となっては当たり前になりつつある、“シームレスにつながること”が、新たな価値を産みだすことを痛感していたのです。ここではあえて断言こそは避けたいと思いますが、自伝にこそ書かれていないものの、たぶんスティーブジョブスもインドネシアの病院で入院したことがあるはずで、看護師さんに伝えたはずのマラリアの情報が、伝言ゲームの中でみごとに消えうせ、死にかけたことがあるはずです。そして、その経験が彼にシームレスの価値に気づかせ、シームレスにつながる様々なアップル製品の開発につながっていったと、個人的には疑っております。
 
検査の結果が出るまで時間がかかるというので、その間、横になっていることを勧められたものの、病床が既にいっぱいでベッドがないということで、私に用意されたのはストレッチャーでした。ストレッチャーに横になっては見たものの、救急外来患者とその家族が右往左往するロビーに置かれたストレッチャーの上はじぇーんじぇーん落ち着けません。おまけに、順番待ちでやることのない患者たちは、ストレッチャーの上で弱り果てている私を見て、「あー、外人も、病気になるんだねぇ。外人も、苦しくなるんだねぇ」という、奇異な目で見つめてくれます。しかし、私にはもう、声援を送ってくれるギャラリーに向かい、ストレッチャーの上から手を振る余裕など残ってはいませんでした。

インドネシアの病院で治療を受ける。残念ながらマラリア治療でなかったことが悔やまれる

まさかの「もう、帰っていい」

病院でも40℃以上の熱があり、息も絶え絶えの状態だったので、多分、入院させてくれて、そしてその暁には、この病院は私をこの苦しみから解放してくれると信じ切っていましたが、現実はそう甘くありませんでした。血液を採取してから2時間後、女医さんが現れ、検査の結果を教えてくれたのですが、“マラリア”、なんていう単語はまったく出ず、成分検査の結果のみを粛々淡々と伝えられました。それによると、血小板の値がやや低いものの、すべてが正常範囲でさほど心配することはない、とのことで、「もう、帰っていい」、と言われてしまいました。
 
「……甘かった。入院させてくれるなんて期待したのが、甘かったんだ。自分は、入院が必要なほどの重篤な状態じゃないんだ。にもかかわらず、入院させて欲しいと弱気になるなんて、俺はなんて根性が足りないチキン野郎なんだ」、と自分を呪いました。そして、「ロビーで待つ人々だって皆、私と同じようにつらいだろうに、皆、皆、皆、ああして耐えているんじゃないか」、と弱気になった自分を反省し、ギャラリーに向かって気丈に手を振りながら、病院を後にしました。知らない外国人からいきなり手を振られたロビーにいたインドネシア人達は皆同様に、「誰あいつ?知ってる人?」、ときょとんとしておりました。
 
そういえば診断の時、お医者さんが、「ただねぇ、血小板の値が気になるのよねぇ。翌朝、もう一度来てくれる?」、ともおっしゃったので、明日、もう一度病院に来ることにはなっていました。
 
ホテルに帰ったって、病院では血液検査だけをされただけで、治療を受けていないわけですから、快方に向かう理由などどこにもありません。結局、熱は一向に下がらず、悪夢にうなされる一夜を過ごしました。
 
ベッドから立ち上がるだけでフラフラするのですが、それは根性が足りないだけだと昨夜病院で教わったばかりなので、闘魂を振り絞り、お医者さんとの約束を果たすべく病院に向かいました。タクシーで病院に行ったってよかったのですけれども、それでは、根性が足りてない気がしてならないため、自分の性根を叩き直すためにも、バスを乗り継いで病院を目指しました。

マラリアじゃない? デング出血熱? とりあえず入院することに

病院に着くと、昨夜と同じ血液検査を受けました。しかし、昨夜2時間もかかってやっと出た結果が、今度は30分足らずで出てくるではありませんか。「えらい早いなぁ。やればできるんじゃん。あなたはできる子なのよ、やれば、できる子なのよ!」、と励ましてやろうと思っていると、昨日とは違う女医が現れて、「血小板が著しく下がっています。デング出血熱です。今すぐ入院してください」とおっしゃるのですが、この点についてはまったく腑に落ちないのです。と申しますのも、私の自覚症状は昨夜と変わっておらず、今つらいのと同じぐらいのつらさが昨夜もあり、今入院だとすれば、私的には昨日、入院、処置していただいたほうが、ずっと良かったということになるのです。
 
「ふざけるな」、と思ったのですが、「なぜこうなってしまったのか? もしかすると、こうなってしまった原因が自分の方にあるのではないのか? つまり、自分に落ち度がないかまずは考えてみようと思いました。なぜならば、ひとしきり怒り狂ったあとに実は私に落ち度があったことが判明した場合には、これはもう、相当ばつが悪くなることが当然予想され、これは回避すべきだと判断したからです。怒り狂うのは身の潔癖が明らかになった後からでも遅くありません。
 
さて、昨夜の自らを省みると、なんと、こうなってしまった原因として思い当たる節がいとも簡単に見つかるではありませんか。昨夜は、「自分には根性が足りない」と結論付けたのですが、これは大きな間違いで、どうやら、重病ぶるのが足りなかったのです。
 
昨夜の私は40℃の高熱で、実のところは虫の息でしたが、なんとなく、「弱みを見せるとかっこ悪いな、弱みを見せて誰かに襲われたらたまらんな」、と本当は辛いにもかかわらず、そんなことなどどこ吹く風と、「私、40℃熱がありますけど、結構平気ですよぉ。どう? すごいでしょぅ」みたいに気丈にふるまってしまっていた所があるような気がしないでもなくないわけです。これを見た病院側は、「なんだ、じぇーんじぇーん元気じゃん」、と認識されたかもしれず、これをもって、「帰ってよし」、という不幸な決定を下されたとも考えられるわけです。今になってみれば、「私、40℃熱があって、結構つらいですよぉ。どう?死にそうでしょぅ」みたいに重病を演じるのが正解のように思えるわけです。「これからは、積極的に病人面をしよう」と猛省し、心を入れ替えたのでした。
 
入院の準備をするために宿に一旦帰ろうとすると、「血液検査は重篤な状態を示しています。デング出血熱なんですよ! 体を動かすことは大変危険です。絶対安静にしてください」と理解に苦しむことをおっしゃるのですが、じゃあ、さっきバスで来た私は何なんだ? と、再び怒りがこみ上げるのですが、まぁ、怒ってもしょうがないので、言いなりになりました。
 
どうやら、私が機内で行った科学的な検証結果の通り、私はマラリアではなく、デング出血熱なる聞いたこともない病気にかかっているようです。後で考えれば、の診断はまったくの誤診だったのですが、「マラリアにはなりたくないな」いう私の利害と一致してしまったがため、私はデング出血熱という病名を何の疑いもなく、いともたやすく受け入れることができました。
 
 

病床に伏す。赤ら顔は飲酒のせいではない。マラリアの高熱のせいだ。「ここの血管の入り方がブラットピットに似てるって、看護師さんに言われたの」と訳のわからないことをうわごとのようにしているところ。もちろん、看護師さんはそんなことは一切言っていない

 
入院になりましたが、そうすると気になるのが隊長です。今朝、隊長に、「ちょっと病院に行ってきます」と言っただけなので、そのまま帰ってこなかったら心配するはずです。しかし、病院に行って帰って来られないのならば、「入院してくれるだろう」、ときっと気づいてくれるはずだとも予想できるわけで、その考えを信じ、そのまま病院にお世話になりました。
 
入院にあたっては、インドネシア語で書かれた書類にサインしないといけないようです。ここには一人で来てしまったし、かといって、この文章を読みこなすだけのインドネシア語能力はないのですが、サインさえすれば治療してくれると言うので、法外な利息が書かれた契約書を前に、「サ、サインすればお金を貸してくれるのですね」と中身を確認しないまま、気軽にサインしてしまう、追い詰められた債権者の精神でサインしました。今でも、その書類の中身を認知しておりません。
 
病院からあてがっていただいたのは6人部屋にある一床のベッドで、部屋の住民たちは、「おー、外人が来たぞー」と、なんやらざわついています。私は当然、ムービースター気取りで、病室の先客たちに手を振りながら入室いたしましたが、昨夜のロビーよろしく、彼らは皆一様に、「誰あいつ? 知ってる人?」という顔をしておりました。
 
 
次回予告
次回、主治医JB(ジェームス ブラウン)登場!私はデング出血熱だったのか?マラリアではなかったのか? そのすべてが次回、明らかになる!
 
この連載は、ブンイチvol.2 に掲載された「山田、マラリアにかかったってよ」の皆様からの反響が大きかったことから始まりました。山田先生への応援メッセージはぜひBuNaのTwitterFacebookなどからBuNa編集委員までお願いします!
 
 

Author Profile

山田 俊弘

広島大学大学院 総合科学研究科 教授。博士(理学)
熱帯林での25年を超える研究歴(植物生態学・森林生態学)があり、毎年数回、インドネシア、マレーシア、ミャンマーなどの熱帯林で調査を行っている。専門は熱帯林の生物多様性とその保全2015年 日本生態学会大島賞受賞。著書に『絵でわかる進化のしくみ 種の誕生と消滅』(講談社)、『温暖化対策で熱帯林は救えるか』(分担執筆:2章-4担当、文一総合出版)
 

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