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Running Story

9/19 2018

マラリア危機一髪! とある熱帯林研究者の奮闘記

第12回 【最終回】マラリアのその後。真の熱帯林研究者を目指せ

第11回で、条件つきでの退院を許された筆者。しかし、まだ体内にはマラリアが……?
そして、真の熱帯林研究者への条件とは。ついに最終回!

退院、そして日本へ帰国

(前回のつづき:そういえば、私の体内のマラリア原虫はどういう状態なのでしょうか? まだ完全には除去されていないと、いつもJBはおっしゃるですが、いったいどれくらいいるのでしょうか?)
 
「まぁ、無理やりって言っても、退院させてもらえるんだから、原虫がいるといっても、もうほとんど見つからないレベルだろうな」と思い、JBに聞くと、
 
「まだ、うじゃうじゃー!血の中ほとんど原虫だぜぇ。ハッ、ハッ、ハッー」
 
とじぇーんじぇーん笑えないことを、大笑いしながらおっしゃいます。それってやばいやつなんじゃないのかなぁと思い、意見を求めると、「だからさぁ、退院はさせたくないんだけど、帰国したいんでしょ。まぁ、これだけ原虫がいたとしても、ここ数日熱発作が出ていないから、快方に向かっていると考えましょう」とのことです。
 
体内の原虫の状態を知り、帰国は誤った判断なのかと一瞬躊躇しましたが、それでもなお帰国したい気持ちの方がずっと強かったので、「まぁ、なんとかなるよな」と退院し、帰っちゃう楽観的方針を変更しないことにしました。
 
 
帰国の日が来ました。入院中の荷物をまとめ、退院の準備が整う位のタイミングで、病室の扉が開きました。なんだろう、と扉の方を見ると、そこには、ふてくされがちな看護婦が車いすとともに佇んでいました。どうやら、病院を出るまでは、かつて私が使用を望んで止まなかった車いすで移動させてくれるようです。そしてなんと、ふてくされがちな看護婦が、車いすを押してくれるようです。
 
ふてくされがちな看護婦は、ふてくされてはいませんでしたが、面白くなさそうな顔はしています。ただ、この状況で面白くない理由はないはずですから、彼女は日ごろから面白くなさそうな顔をしがちな、日本人的に表現すると「接客業に向かないタイプの人」だっただけかもしれません。そうすると、ふてくされているとか、そういった私の評価は、彼女を誤解していたにすぎず、そうではなく、ただただ、彼女はそういう人だったということになり、「なんか申し訳ないなぁ」という気持ちさえ湧き上がってくるのです。きっと彼女は、思ったことやその時々のご機嫌が表情に出やすいだけで、本当の彼女は案外いい奴なのです。そうに決まっているのです。
 
私の中に、「なんか誤解しちゃって申し訳ないなぁ」という気持ちが催し始め、すぐにその気持ちでいっぱいになり、車いすに乗るタイミングで彼女に向かい、目を見ながら「申し訳なかったな」と謝ったのですが、彼女はやはりふてくされた顔をしながら、「はぁ~? またこの外人がわけわからないこと言ってやがる」、みたいな態度を取るではありませんか! こちらが、これだけ譲歩してやっているのにもかかわらずこの態度です。かつての私ならば、国際紛争に発展してもおかしくない状況ですが、今の私は悟ってしまっているのです。これは仕方ないのです。それが彼女なのですから。
 
病院の入り口でJBやふてくされ看護婦に手を振り、退院とあい成りました。
 
病院を離れると、当然車いすは取り上げられます。結局10日余りも入院してしまい、その間横になっていただけなので、体の使い方を忘れてしまったのか、少し動くだけで疲れます。スカルノ・ハッタ空港から成田国際空港まで乗り換えはありませんから、飛行機に搭乗してしまえば、後は飛行機が勝手に私を日本まで運んでくれるはずです。果たして、容態が悪くなることもなく、空の旅を終えることができました。
 
2か月弱ぶりに帰り着いた日本は見事に晴れていて、9月も中ごろに差し掛かった日本では、いつの間にか空が高く、秋空に代わっていました。気持ちよい涼しい風も吹いていて、昨日までの熱帯の気候との違いぶりに、「ああ、日本に帰って来れたなぁ」と実感しました。
 
私の体の中にはまだ相当の原虫がいるわけですから、彼らに出て行ってもらうまでは安心はできないのですが、この美しい秋空と心地よい秋風は、「きっともう私には、あの渦巻き空の世界は来ないだろうな」と安心させるには十分でした。ホームに帰ってきたというような安堵の思いを持ちながらも、心のどこかで、刺すような熱帯の強烈な日差しも懐かしく感じてもいて、今回の調査で取り切れなかったデータを求めて、早く東カリマンタンの森に戻らなければとも思っていました。

マレーシアの熱帯林の中の小道。どこまで続いていて、どこに行くかわからないけれども、これからもいける所まで行ってみようと思う

マラリアのその後:真の熱帯林研究者とは

何も調査に限ったことではありませんが、野外での仕事にはたくさんの危険が付きまといます。そこへもってきて、活動の場が海外になれば、日本にはない風土病や言葉の不自由さ、文化の違いという要素も付け加わりますから、どれだけ注意をしても避けられない危険もあることでしょう。なんだかんだ言っても、結局は事件や事故、病気に巻き込まれるか否かは、結果論なのかもしれません。しかし、危機回避のための注意を払えさえすれば、野外活動に伴うリスクを完全に排除することはできないとしても、かなり低くすることはできるはずです。私たちがしなければならないのは、常に危機回避のための最善を取り続けるということであり、この点はしっかりと肝に銘じる必要があります。今となっては、私のマラリア罹患だって、きっと避けることができたのではないかと思っています。
 
実は、事件や事故、病気に巻き込まれることが多いのは、野外での活動に慣れてきたくらいの頃で、海外での仕事ならば、リスクの程度や危険な行動がだいぶわかってきて、かつ現地の言葉が使えるようになった頃なのです。それまで事件や事故、病気に巻き込まれてこなかった実績が、根拠のない自信と化し、結果として無謀な生活をしてしまったり、仕事の進捗のみを考えた無理のある作業計画を立ててしまったり、あるいは、たとえ事件や事故、病気に巻き込まれたとしても、今の私ならばうまく乗り超えることができるはずだという変な自惚れをもってしまったりしたときに、リスクに入り込む余地を与えてしまっているのだと思います。私の中にも、慢心に似た気持ちがあったかのように思えます。こうしてもたらされるリスクならば、行動や考え方を変えるだけで随分低く抑えることができるはずです。
 
マラリア原虫を抱えたまま帰国した私は、あたかも、たやすく復活したかのような書き方をしましたが、実は完全に復帰するまでに、帰国してからも2ヶ月の時間を要しました。その間、予定していた学生実習、海外調査、海外出張をキャンセルせざるをえませんでした。この時、ご迷惑をかけてしまった学生や関係者の皆様には深くお詫びいたします。ごめんなさい。
 
私はJBの教えを守り、帰国後も週一のペースで血液検査をしてもらっていました。そうです、貧血が度を過ぎていないか確かめるための血液検査です。私としては貧血の程度さえわかればよく、マラリアの治療は求めていない訳ですから、検査を受ける際にはマラリアのマの字も伝えず、ただただ貧血で困っているから血液検査をしてほしい旨のみ、お医者さんに伝えていました。マラリアを隠して受診したいくつかの病院(諸事情のため、いくつか病院を変えなければなりませんでした)の血液検査では、ことごとく血液中のマラリア原虫を見つけられ、行く先々の病院をパニックに陥れてしまいました。JBが見つけあぐねたマラリアをいとも簡単に見つけてしまう日本の医療技術には脱帽です。というか、JBしっかりしろよっていう感じです。プチ・マラリアテロリストのごとく、「私マラリア見るの初めてだし、直す自信ないんですけどぉ」と、いくつもの病院をパニックに陥れたこのお話も、今回紹介したインドネシア編のごとくかなりのインパクトがあると自負しているのですが、国内編についてはまた別の機会でお話しすることにしましょう。
 
マラリアに罹患し、それを根治させてから10年以上がたちますが、私は相変わらず、熱帯林研究を続けています。家族の皆さんには、心配ばかりかけさせる割には、あまり言うことを聞かず、結局は自分の思い通りにしか行動せず、すぐに熱帯林に行ってしまい申し訳ないぁと実は思っています。謝ることしかできません。ごめんなさい。
 
野外での作業にはさまざまな危険があり、それぞれが我々を殺すことができるパワーをもっています。私が罹った熱帯熱マラリアもその一つで、今回、私はたまたま淘汰されずに済んだだけかもしれません。第一回で、「どれだけ長く熱帯林で調査をしても、どれだけ多く熱帯林に赴いたとしても、病気一つかからず、最初から最後まで同じペースで仕事を済々粛々と続けられる力が、真の熱帯林研究者に求められる能力だ」と申しましたが、案外これはどんな分野のどんな仕事にも当てはまるのではないでしょうか。結局は、様々なリスクを回避する能力が、最も優れた生き様であり、最も効率よく仕事を進める方法だと、今となっては思っています。
 
 
最後になりましたが、皆様に素敵なお知らせがあります。私は、10月初旬に『論文を書くための科学の手順』という本を文一総合出版さんから上梓する予定です。本書では科学とは何か? を考えるとともに、日常でも使える論理的思考のコツや研究を論文にまとめる手順を分かりやすくまとめてあります。Web Magazine Bunaでの本連載第8回で行った科学の思考の手順(「くぁぁぁぁぁぁぁ」と叫びながらマラリアの震えを止めたくだりに該当)を真面目にわかりやすく解説しています。この連載を読んで熱帯林研究者、生物の研究者になりたくなったあなたも、研究者の卵である大学生のみなさんにも、まぁ、どちらにも当てはまらない人も、論理的な思考を実践するためにぜひ読んでいただきたい1冊です。各種書店で好評予約受付中です!
 
最後になりましたが隊長、カオさん(偽名)、その他、アミル先生を始め一緒に調査をしてくださったたくさんの方々、JBやふてくされ気味の看護婦に、そして最後まで読んでいただいた皆様に心から感謝申し上げます。
 
 
※著者の新刊『論文のための科学の手順』(10月上旬発売)は、弊社ホームページで冒頭37ページ分を無料でお読みいただけます。以下の弊社ホームページのリンクからご覧ください。
https://goo.gl/11YM4T
 

Author Profile

山田 俊弘

広島大学大学院 総合科学研究科 教授.博士(理学)
熱帯林での25年を超える研究歴(植物生態学・森林生態学)があり,毎年数回,インドネシア,マレーシア,ミャンマーなどの熱帯林で調査を行っている.専門は熱帯林の生物多様性とその保全.2015年 日本生態学会大島賞受賞.著書は『絵でわかる進化のしくみ 種の誕生と消滅』(講談社),『温暖化対策で熱帯林は救えるか』(分担執筆:2章ー4担当、文一総合出版),『論文を書くための科学の手順』(文一総合出版).
ホームページ:http://home.hiroshima-u.ac.jp/yamada07/
ブログ:http://home.hiroshima-u.ac.jp/yamada07/posts/post_archive.html

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