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Running Story

7/3 2018

マラリア危機一髪! とある熱帯林研究者の奮闘記

第1回 なってはいけないマラリアに、なっちゃった

熱帯林でまき起こる、あんなことやこんなこと……
ジャングルで生活! マラリアにかかって生死の境をさまよう!?
広島大学・山田俊弘教授がお届けする、科学と笑いの奇跡のコラボレーション!
 

熱帯林の深部を求めて山道を奥へ奥へと突き進む。山道が川で断たれたときは、タケで編んだいかだで川を超える。インドネシア西カリマンタン州

 
 
私は、異国の地にある熱帯林で、野外調査を行いながら生態学の研究を行っております。
日本の国土には熱帯域が含まれませんから、一般の方が、“熱帯林”を想像することさえ難しいことでしょうし、そこへもってきて、熱帯林での“調査活動”を想像することなど、到底できることではないはずです。研究成果を目指し、楽しみながらも必死で行った、私と熱帯林の日々の格闘をぜひ紹介させていただこうと思っております
 

大学の先生は何をしている?

大学の先生をしておりますの、私。
 
大学の先生と聞くと、きっと、「賢い」、というイメージをお持ちいただくのではないかと思いますが、それについてはまったく否定しいたしませんし、それどころか積極的に肯定いたします。私、賢いです。好きな歌は、国民的アニメ「サザエさん」で活躍中の磯野カツオさんが歌う「星を見上げて」、で、通勤中、頭の中で、ヘビーローテーションで流れ続けるくらいの賢さです(万が一、「星を見上げて」の歌詞を知らない方がいらっしゃいましたら、どうぞ、ヤホーで検索してください)。
 
さて、皆様には「賢い」、のような大学の先生に対する漠然としたイメージをお持ちいただけていると思うのですが、大学の先生の業務内容までご存じの方は意外に少ないのではないでしょうか。大学の先生というのは実にたくさんの顔をもっておりまして、講義をして学生を教育する“先生”の顔もありますし、テレビに出て物事を伝えたりする“解説者”の顔をもつ人もおります。こうして文章を書いて、智を遺すことも大切なお仕事です。こうした、たくさんの種類の業務の中でも、時間的な配分も大きく、とても大切にしていることに“研究”があります。
 
研究は、研究室や人里離れた野外などでひっそりと、いわば、一般の人々からは隔離された空間で行われることが多いので、私たちが大切にしている研究業務の実態は、一般の方にはなかなか伝わりにくいという面があります。そこで、この文章を通じて私は、大学の先生の大切な業務である“研究”について、成果の方ではなく、成果にいたるまでの道のり、特に野外での調査活動を皆様に紹介しようと目論んでおります。

調査は熱帯林内にテントを立て、1か月以上キャンプをしながら続けられる時もある

熱帯林に近い村。川が重要な移動経路となる。どちらもインドネシア西カリマンタン州

優れた熱帯林研究者の要件:「病気にならない」

熱帯林を相手にした研究を始めてから、25年以上も経っているので、結構、まぁ、口幅ったいことを申し上げますが、私は極めて優れた研究者なのです。というのも、何事も一つのことを続けるのは大変なことで、25年以上も続けるのは、それはもうそれだけで大変に素晴らしいことだからです。もしかすると「素晴らしいことと優れていることは等しくはない。それに、続けることは優れているからではなく、根性の問題だ」という考えもあるかもしれませんが、そのように考えた人を傷つける意図は毛頭ございませんけれども、それはまったく間違っており、本質を捉えきれておりません。つまり、根性がなければ続けられないことは確かなのですが、根性だけではいかんともしがたいということも事実なのであり、物事を長く続けようと思ったとき、その制約になるのは、根性が足りないという自分の資質よりもむしろ、周りが続けさせてくれないという対外的な要因が多いということなのです。いじわる。
 
例えば、プロ野球選手の場合、彼が「来年もぜひプレイをしたい!」と切望したとしても、彼をプレイさせてくれる球団がなければプレイすることなどできず、この点については、彼にどんなに根性があっても解決することはできないのです。プレイを続けていくためには、そういった周囲の声を黙らせるだけの、有無を言わさず実力を持ち、発揮できる人、つまり優れた選手でなければならないのです。
これと同じことが研究にも当てはまりますから、25年以上続けてこられたという事実をもってして、私は優れた研究者ということにあい成るわけです。
 
さて、優れた研究者である私にも、研究を始めたばかりの頃、つまり“ひよっこ”の時代がありました。その頃、私を指導していただいていた先生から、よく言われたことがあります。
 
『あなたが研究対象としようとしている熱帯林は、とても魅力的なものです。きっと、熱帯林はあなたを虜にするでしょう。逆に、虜になれなければ、熱帯林研究に没頭できなければ、研究はうまく進まないとも言えるでしょう。でも、これだけは忘れてはいけません。自分を守りなさい。どんなに研究に夢中になっても、自分を守ることだけは忘れないでください。
熱帯林はあなたが今まで暮らしてきた環境とは大きく異なります。そこには、日本にはない風土病があり、場合によっては君を死に至らせることだってあるのです。しかし、注意していれば、こうしたリスクは必ず回避できます。病気にならないように、常に注意を払えばよいのです。
日本の熱帯林研究の礎を築き、熱帯林研究で大きな成果を収められた先輩の先生方は、誰一人として病気にかかっていません。何度熱帯林に行ったとしても、どれだけ長く熱帯林に滞在したとしても、病気にならないこと、罹患のリスクを回避できたものが、本物の熱帯林研究者です。
元気に調査を続け、成果を上げること。あなたが目指さなければならないのは、これです。本物の熱帯林研究者になってください』

熱帯林内を流れる川。この写真のように、熱帯林を流れる川の水色は、一般的に黒っぽい。これは川の水がタンニンを多く含むためであり、水が泥で濁っているわけではない。インドネシア西カリマンタン州

偽りの熱帯林研究者? マラリアになっちゃった!

それからというもの、私は本物の熱帯林研究者を目指し、この教えを守るべく、病気にならないことを常に心掛けてはいたのですが、どうしてなのでしょう? なぜなのでしょう? なっちゃったんだよねぇ、マラリア。インドネシア領ボルネオ島東カリマンタン州での、わずか1か月の調査中にかかってしまいました。そこで、熱帯林調査の実態を、マラリアになった顛末を紹介することで垣間見せたいと思っております。
 
本来ならば、自分がマラリアになったことは、口が裂けても口外してはいけない、隠し通さねばならない、重い十字架のようなものです。と申しますのも、マラリアになったことがばれた日には、「山田、マラリアになったんだってよ……あいつ、偽物の熱帯林研究者だったんだな。がっかりだよ」、とうそぶかれることが強く予想される反面、私はそういう評価よりも、「山田の研究は最高だぜ。あいつこそ、本当の熱帯林研究者だ」と称賛されることを願ってやまないからです。
 
マラリアになった偽物の熱帯林研究者である私が、本物のふりをするためには、マラリアになった事実を隠し通すしか道がないのでしょう。にもかかわらず、あえて、「自分が偽物であることをばらす」という暴挙に出ているのです。しかも、閲覧自由なWebマガジンで。もしかすると、取り返しのつかないことをしでかしているのかもしれません……いや、謝るほうが先でしょう。今まで本物のふりをしていてごめんなさい。実は私、偽者です。
 
フェイクな自分をさらけ出す。こんな高度なハイリスクを背負いながら、マラリアの顛末を紹介するのですから、私がこの連載に寄せた、「熱帯林調査の実態を皆様にぜひ知っていただきたい」という気持がどれだけ強いか忖度していただけていると信じております。実を申し上げますと、この気持ち以外にも、連載に込めた思いがあります。それは、これから熱帯域での研究を進めようとする人たちの反面教師となり、熱帯風土病への警鐘を鳴らすことにあります。マラリアは人を殺せます。マラリアに罹った私は、たまたま生き残ったに過ぎませんし、次にかかったらどうなるかわかりません。同じことは、これから研究を始めようとする皆様にもあてはまります。皆様に、「絶対にマラリアに罹ってはいけない」、という気持ちを植え付けていただくためにも、これから文章をつづっていきたいと思います。そして、私がなれなかった本物の熱帯林研究者に、あなたにこそは、あなたにこそは、なってもらいたいと願っているのです。
 
偽りの殻を脱ぎ捨てた、偽りの熱帯林研究者たる今の私に怖いものはありません。こうしてカミングアウトしてみると、不思議なことに、何かすがすがしい気持ちさえ催してまいります。さあ、私はここに、高らかに宣言いたしましょう。私は曝け出します。曝け出して見せましょう!マラリアの顛末を!!
 
 
 
次回予告
マラリアにかかる1年前、ブルネイの森林調査中にマラリア汚染地域であるインドネシア東カリマンタン州での森林調査のオファーを受ける私。
受けてしまうのか? 行ってしまうのか? 東カリマンタン州の森林に!?
 
※この連載は、『ブンイチ vol.2』に掲載された「山田、マラリアにかかったってよ」の皆様からの反響が大きかったことから始まりました。山田先生への応援メッセージはぜひBuNaのTwitterFacebookなどからBuNa編集委員までお願いします!
 
 

Author Profile

山田 俊弘

広島大学大学院 総合科学研究科 教授。博士(理学)
熱帯林での25年を超える研究歴(植物生態学・森林生態学)があり、毎年数回、インドネシア、マレーシア、ミャンマーなどの熱帯林で調査を行っている。専門は熱帯林の生物多様性とその保全2015年 日本生態学会大島賞受賞。著書に『絵でわかる進化のしくみ 種の誕生と消滅』(講談社)、『温暖化対策で熱帯林は救えるか』(分担執筆:2章-4担当、文一総合出版)
 

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