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8/15 2018

マラリア危機一髪! とある熱帯林研究者の奮闘記

第7回 忍び寄るマラリア 〜マラリアとはどんな伝染病なのか

前回、まさかの調査小屋でお化けを見てしまった筆者!
しかし、それをしのぐ、恐怖のマラリアが徐々に姿をあらわす……。
と、その前に、今回は覚えておきたいマラリアの知識と病状を解説する。
 

マラリアの基礎知識

インドネシア入国とともに開始することには、調査許可の申請以外に“マラリア対策”があります。私たちが調査を行う東カリマンタン州はマラリア汚染地域です。人口密度が低い分、伝染病であるマラリアのパンデミックは起こりにくい状況ですが、それでもマラリアにかかる危険がある以上、リスクを回避する必要があります。
 
マラリア対策として、Resochin(レゾシン)という名前でインドネシアで市販されている抗マラリア薬を摂取します。この薬を1週間に1錠の割合で飲めば、マラリアの罹患を回避できることになっています。Resochinの摂取は汚染地帯に入る1週間前から始め、汚染地帯を出た2週間後まで続けることが必要です。
 
とはいえ、Resochin に耐性を持ったマラリアも増えてきていますから、これだけでマラリアを完全に回避することは不可能でしょう。もしかするとResochinの摂取はマラリアにならないためのお守り程度の効果しかないかもしれません。しかし、何もしないよりはずっとましなはずです。マラリアは世界の熱帯域を中心にはびこる伝染病で、マラリアキャリアー(マラリア原虫が体内にいる状態の人)の血を吸った蚊が、他の人を刺すことで伝染が広がります。ですから、蚊に刺されないように注意・工夫することが、一番のマラリア対策となるでしょう。

抗マラリア薬、Resochin(レゾシン)

戦後まもなくは日本でも爆発的な流行が起こったマラリアですが、1960年代に入ると、日本では自然感染がまったく見られなくなっていますので、今となってはマラリアを詳しく知る日本人はほとんどいないことでしょう。そこで、少しだけマラリアがどんな病かお話しておきましょう。
 
 
世界の熱帯域を中心に広がるマラリアは、患者数と犠牲者数が毎年減少しているものの、世界ではまだ数十万人が毎年命を落とす恐ろしい病気です。マラリアはハマダラカに媒介されますが、この蚊がきれいな自然が残された地域にしか生息できないことから、インドネシアであっても熱帯林などで生活しなければマラリアに感染することはまずありません。つまり、日本からの観光旅行者がかかることはまず無い病気です。「熱帯林にしか生息できない」というハマダラカの生態が、後に、マラリアにかかった私を苦しめるとはよもや思いもしませんでした。
 
マラリアにかかったことのある人に出くわした経験をお持ちの人は少ないと思います。統計によれば、私のようにマラリアを罹患する日本人はいることはいるのですが、年間100名程度で、とても少ないことがわかります。4年に1度開催されるオリンピックに出場できる日本人が400名弱で、オリンピックが4年に1度しか開催されないことを考えると、日本人においてマラリアになることは、オリンピックに出場することに匹敵するくらいの稀さになります。
ここで、わざわざオリンピックになぞらえて説明したのには、私の気持ちがこもっているからであり、つまり、皆様がオリンピックに出場したアスリートに遭遇したならば、それなりにテンションが上がり、尊敬のまなざしで眺められることと思うのですが、マラリアにかかったことのある人も、まぁ、レアさ加減では引けをとらないわけですから、そういった畏敬の念を持って眺めていただきたいなぁ、と切に願っているわけなのです。
 
このように「ポジティブに反応してほしい!」と懇願するのにも理由がありまして、私がマラリアに罹患した過去が暴露されたとき、多くの方の反応は、
 
「地球が温暖化しているようですが、あなたが近くにいることで、私がマラリアに罹患するリスクが高まっているということでしょうか? つまり、あなたのマラリアは私にうつるのでしょうか?」
 
という「ネガティブ感がほとばしっているもので、「私にうつらないのならば笑っていられるけれども、そういうリスクがあるのならば話は別だ」、という類のものだからです。
 
確かに立場が逆ならば、私も似たような反応をしそうなのですけれども、そういう反応をされてしまうと、私としてはそれはそれでとても切ないものなのです。で、この類のリスクについてですが、答えは明確でございまして、「ノー」なのです。たとえ地球温暖化が進行し、ハマダラカが私の周りに現れようが、私を介してのマラリアの感染リスクは皆無であり、なぜならば私の体からはマラリア原虫が完全に駆逐されているからなのです。つまり、私のかかった種類のマラリアは、治ってしまえば体からマラリア原虫が完全にいなくなるタイプなのです。
 
確かに、あとで紹介する三日熱マラリアや卵形マラリアなどの再発型マラリアでは、肝臓などにいつまでもマラリア原虫が潜伏し、一旦マラリアを発症すると、たとえそれが治まったとしても、何十年も経った後に再発することが知られています。つまり、こうしたマラリアに一度感染すると、直ったと思っていても体のどこかにマラリア原虫が潜んでいることを意味しています。こうした話を聞いたことがある人は、どんな種類のマラリアでも、一度マラリアを発病すると体内のどこかにマラリアが潜伏し続けると考えがちです。しかし、そうなるかならないかは、かかったマラリアの種類にまったく依存しており、私がかかったマラリアは、体にマラリア原虫が残らないものなのです。
 
とはいえ、ここからが少しややこしいのですが、私はマラリアを根治させており、再発の危険が0.0%であるにもかかわらず、忙しくなり、体がしんどくなると、わざと周りの人に聞こえるぐらいの声で、
 
「体がしんどいなぁ。もしかすると、マラリアが再発してしまったかもしれないなぁ。休みたいなぁ」
 
と周りをちら見しながら独り言をこぼし、周りから同情を買おうとする癖があるのです。ただし、ここまで読んでいただければもうおわかりのことだと思いますが、あえてはっきりさせておきますが、実はこれは丸っきりの仮病であり、ただのサボり癖であり、マラリアがぶり返したフリをしているだけなのです。ですから、もしこうした独り言が聞こえた場合は、容赦なく聞こえていないフリをするのが正解なのです。
 

発病すると、どうなるのか

さて、マラリアに話を戻しましょう。マラリアは、ハマダラカによって媒介されたマラリア原虫が引き起こす病気です。マラリア原虫は、ゾウリムシに割と近い生き物です。ゾウリムシといえば、水溜りや池などに繁殖し、生物学の実験でも用いられるアレです。ということは、マラリアはゾウリムシ的なものが血液中で増殖することで引き起こされる熱病ということになるなのですが、血液中にゾウリムシ的なものが増殖する様子は気分が悪く、あまり想像したくありません。
 
マラリアを引き起こす原虫は4種類知られていて、これらは大きく2つのグループに分けられます。病気に良性というのは語弊を生みかねませんが、かかったとしても、ほとんど死に至ることのないマラリアは良性マラリアと呼ばれ、三日熱マラリア四日熱マラリア卵型マラリアがこのグループに入ります。一方、マラリアによる死のほとんどを引き起こす悪性マラリアが、熱帯熱マラリアです。熱帯熱マラリアにかかったまま放置すると、発病から1週間もかからずに死に至ることさえあります。
 
さて、マラリアが発病するとどうなるかといいますと、熱発作という典型的な症状を発します。熱発作は、激しい悪寒から始まります。寒くて、寒くて震えがとまりません。「吾輩は猫である」やその他の文学、もしくは8世紀に書かれた大宝律令の中にさえ現れる“おこり”という病は、原因不明の激しい悪寒の症状を指していますが、今となっては“おこり”はマラリアだと理解されています。さすれば、こうした文学・書物からも、かつてマラリアはそれなりに国内で発祥していた病であったことがうかがえます。
 
どうやら、マラリア原虫は血液中の赤血球に潜り込み、その中で増殖するようです。増殖し終わると、赤血球を破り、血漿(血液の液体部分)に戻ってきますが、体内に巣くったマラリア原虫達は赤血球から脱出するタイミングをシンクロさせています。器用なことをするのですね。つまり、私たちからすると、時を同じくして大量の赤血球がマラリア原虫により破壊されることになります。この赤血球の大量破壊時に、私たちの体は悪寒を感じるのです。
 
マラリアが赤血球を破壊するタイミングは、マラリア原虫の種類によってだいたい決まっていて、三日熱マラリアは48時間周期、四日熱マラリアは72時間周期です(この周期に従わないこともあるので注意が必要です)。このために、これらのマラリアにかかると、三日もしくは四日におきに規則正しく熱発作が起こることになります。これらのマラリア原虫がターゲットにするのは未熟な赤血球で、成熟した赤血球はほとんど破壊されません。悪寒は数十分続きますが、その後に起こるのが、40度を超えるほどの高熱の発熱です。これは、壊された赤血球に対する体の反応だと考えられています。
 
悪寒とそれに引き続く発熱が熱発作ですが、これだけではなかなか人は死にません。人を死に至らしめるのは、熱発作に付随する影響で、壊された赤血球の残骸に原因を求められます。マラリアでなくても人は、一定の割合で赤血球を更新させています。古くなった赤血球は体内で自発的に壊され、代わりに新しい赤血球が作られます。古くなった赤血球の処理を担当している臓器が脾臓(ひぞう)です。マラリアで壊された赤血球も脾臓に回されるのですが、処理しきらないほどの赤血球が脾臓に回されると、脾臓が悲鳴を上げます。そうなると、私たちには、「おなかが痛い。おなかが張った」という自覚症状が現れますが、この場合、実際に脾臓はパンパンに腫れ上がっていることが多いです。
 
脾臓で処理できないほどの赤血球の残骸が血液中にたまり始めると、さらにたちが悪いことが起こります。脾臓で処理できない赤血球の残骸は、そのまま血流とともに体内を循環するわけですが、これが大問題を引き起こすのです。つまり、こうした残骸は血管が細くなった部分を詰まらせがちなのです。血管が細くなる場所は、典型的には肝臓、腎臓、脳があたります。肝臓、腎臓、脳は私たちの生命維持になくてはならない臓器ですから、こうした場所が詰まってしまい、機能不全・機能障害が起これば、その結果、最悪の場合死に至ります。おーこわ、マラリア。
 
三日熱マラリアや四日熱マラリアは、熱発作の周期が48時間や72時間ですから、熱発作から次の熱発作までに少し間があるわけです。この間に多くの人が体力を回復できますので、こうしたマラリアにより死に至ることは少ないのです。一方、熱帯熱マラリアでは、原虫の周期があいまいであり、いつでもどこかでマラリア原虫が赤血球を破壊していることになりがちです。また、三日熱マラリアや四日熱マラリアは未熟な赤血球のみを破壊しますが、熱帯熱マラリアは成熟した赤血球さえ破壊することができます。赤血球の無差別攻撃が、熱帯熱マラリアが重篤になる主な理由でもあります。
 
こうした最悪の状況を回避するため、熱帯熱マラリアにかかった場合には、抗マラリア薬と呼ばれる薬を用い、なるべく早く体内のマラリアを駆除する処置を受けなければならないのです。最悪な結果を起こしかねない熱帯熱マラリアですが、適切な処置さえ行えば、体から完全にマラリア原虫を追い出すことができます。つまり、この種類のマラリアにかかった場合は、マラリアから回復した後は、体にマラリア原虫が潜伏し続けることはありません。

マラリアの最初の兆候

さて、話をインドネシアに戻しましょう。
 
タンジュンレデッブからバリクパパンへの帰路は、満席の小型飛行機が運んでくれました。行きは陸路で2日もかかった道のりも、飛行機ならば2時間もかかりません。
無事、バリクパパン空港に付いた私ですが、体に違和感を覚えていました。体がだるいというか、ずしりと重いのです。ただこの時は、「前日、徹夜をしたせいかな、もうあまり体の無理が効かない年になってきたのかなぁ」くらいにしか思っていませんでした。インドネシア出国前には、インドネシア科学院に調査完了の報告をしなければなりません。このときに我々は調査報告書を提出することにしています。この報告書作りに凝ってしまい、前日、寝る時間を惜しんでしまったのです。
 
それから、調査期間中3食、飽きることなく3週間続いた「ごはん、インスタント焼きそば、卵」のメニューは、私の食欲を蝕んでいき、後半には随分と食が細くなっていたこともこの不調の原因と考えました。毎日、野外調査で景気よく体を動かすのに対し、食べる量が少ないわけですから、調査終了時にはすいぶん痩せこけてもいました。
 
不謹慎なのですが、私は痩せこけた自分の姿をだいぶ気に入っておりました。自分が痩せこけていることなど、調査中はまったく気が付かないものなのですが、調査後に泊まったホテルのシャワー室には鏡が取り付けてあり、そこに写った1か月ぶりに見る己の姿に驚愕したのです。と申しますのも、ご婦人方はご存じないかもしれませんが、男子ならば誰しも、体脂肪さえ落とせば、特に何ら鍛えることなどしなくとも、パッキンパッキンの筋肉が自然と姿を現す体の構造になっており、まさに今の私がその権現で、ガリガリであるがゆえ、パッキンパッキンの自分に対して、これって、いわゆるイケメンボディってやつじゃないの? と失考し、鏡に映るわが身に見とれてしまったのです。
 
バリクパパン空港では、お世話になったカオさんとお別れになります。我々は首都ジャカルタへ、カオさんは自宅のあるスラウェシ島へ旅立つことになります。
私が初めてマラリアの熱発作を起こしたのは、このバリクパパン空港から首都ジャカルタにあるスカルノ・ハッタ空港へ向かう飛行機の中でした。
 
 
次回予告
とうとう飛行機内でマラリアの熱発作を発症した私。この難局を乗り越えられるのか!? 
次回、隣の席のサラリーマンを横目に、自分の体調を科学的に(?)検証する!
 
 

Author Profile

山田 俊弘

広島大学大学院 総合科学研究科 教授。博士(理学)
熱帯林での25年を超える研究歴(植物生態学・森林生態学)があり、毎年数回、インドネシア、マレーシア、ミャンマーなどの熱帯林で調査を行っている。専門は熱帯林の生物多様性とその保全2015年 日本生態学会大島賞受賞。著書に『絵でわかる進化のしくみ 種の誕生と消滅』(講談社)、『温暖化対策で熱帯林は救えるか』(分担執筆:2章-4担当、文一総合出版)
 

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